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2016年12月7日

東北鈴木の姓 発祥の地 「鈴木住宅」~羽後町~

羽後町には、東北の「鈴木の姓」発祥の地があります!ご存知でしたか?
ラジパルスかおり 本名 鈴木かおり!
羽後町にある「鈴木」の由緒 「鈴木住宅」へおじゃましました。

発祥

鈴木 外観

鈴木住宅は今なお 人が住み続けている「茅葺き屋根の住居」です。
秋田では最古の茅葺き民家であり、人の「暮らし」が息づく住居です!!

母屋は江戸時代前半の建物として国の重要文化財に指定されています。

天井

おじゃますると、茅葺き屋根と張り巡らされている太い梁を目にしました。
本屋に馬屋の部分が付いた平面の「中門作り」で築350年以上ということ。

入り口

土間

代々 当主は、鈴木杢之助(すずき もくのすけ)を受け継いでいます。
ラジパルを迎えてくださったのは 46代目の鈴木杢之助さんです。

いろり

鈴木家はここで、800年以上の歴史を刻む、東北の鈴木の姓の
発祥の地!
その歴史を紐解けば、源義経までさかのぼります!!

鈴木家は一ノ谷、矢島、壇ノ浦を義経とともに戦った家臣 鈴木三郎重家が
落ち武者となって伊沢(現在の 羽後町飯沢)にたどり着き 
土着・帰農したことが始まりです。

三郎

鈴木三郎重家は、紀州藤白 熊野古道沿いに栄えた豪族でした。
鈴木家は 熊野水軍を支配下としており、
鈴木三郎重家は 義経と主従を結び 
水軍の司として 壇ノ浦で平家を討伐します。

しかし、義経は源頼朝に謀反の嫌疑を掛けられ刺客を放たれてしまうのです。
弁慶や重家など家臣と奥州 平泉の藤原秀衡を頼って都落ちした義経でしたが
頼朝側に寝返った 秀衡の子 泰衡 に襲撃をかけられ 最後を迎えます。

最後まで一緒に戦った 鈴木三郎重家は、落ち武者となり
たどり着いたのが 羽後町飯沢 この「鈴木家住宅」の場所なのです。
鈴木家は ここを祖に分家していったと言われています。

蔵の前

鈴木家住宅の 土蔵(重要文化財)にはさまざまな歴史的価値の高い品々
や、浮世絵が残されており 鈴木家の深い歴史をうかがわせます。

そばちょこ

蔵の中

また、鈴木のルーツを知り、東北以外の地での「鈴木」についても
知ることができますよ。

「鈴木家住宅」
見学ができます! 見学料:大人 500円
留守にされていることもありますので お電話で連絡してください。

電話:0183-68-2913
羽後町飯沢字先建沢52 (羽後町役場から 車で10分ほど)