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2021年3月31日

山に生かされている!とおっしゃる、打当マタギの鈴木英雄さん!

3月28日は、秋田市・新屋温泉の高橋大和社長からのご紹介で、北秋田市阿仁の打当マタギのシカリ(頭領)、鈴木英雄さん(73才)に電話でお話を伺いました。収録した3月22日は、阿仁の打当地区には、まだ雪がいっぱいで、まだまだ春は遠い様子でしたが、「マタギに憧れ、若い人たちが移住している。」という、うれしい報告がありました。

鈴木さんと大和さん

鈴木さんは、9代目のマタギだそうです。特に意識したことはなく、日常生活そのままの中にマタギがあったということです。「マタギの跡継ぎ・後継者は、なかなかいない!」っといった先入観があったせいか、特に驚き、うれしく思いました。マタギ希望者3人は、広島・徳島・大阪などから大学卒業後に移住して来たのだそうです。

収録風景

鈴木さんは最初、「なんで、高学歴の若い人が、こんな不便な所に来たんだ?」と思ったそうですが、まずは生活できるように仕事をしっかりしてからと指導し、農業などそれぞれが、基本の仕事をして生活を安定させ、頑張っているようです。今では自分の息子だと思って、ご自分が実際におじいさんから教わった時のように指導しているようです。

収録風景

鈴木さんは、“山の神”に手を合わせ感謝してから山に入っているそうです。「山の案内人」もしている鈴木さん。こんな方にだったら、連れて行ってもらい、山の魅力をたくさん教えていただきたいなあ!って思いました。もしかしたら、熊たちも、鈴木さんのこと、尊敬しているのかも?…そんな気がします。

2021年3月21日

秋田市出身の漫画家・倉田よしみさんは、海外でも活躍する“すごーい人”になっていました。

3月21日のゲストは、漫画家の倉田よしみさん(66才)。倉田さんは、秋田市土崎に生まれ育ち、高校時代に偶然見つけた、漫画家・ちばてつやさん(代表作「あしたのジョー」ほか)のアシスタント募集のお知らせを見つけて応募し、高校卒業と同時に上京、5年半、アシスタントを勤めたあと、漫画家デビューを果たしました。少年時代、「漫画の世界もいいな!」と漠然と思っていたそうです。

倉田よしみさん

味いちもんめ~継ぎ味

倉田さんの代表作、「味いちもんめ」の影響を受けて、板前さんなどの料理人になった方が全国に沢山いらっしゃいます。Michikoが初めて倉田さんを知ったのは、約40年前。土崎の友人から紹介され、デビューしたばかりの倉田さんにインタビューさせていただいてからのお付き合いです。久しぶりにお会いした倉田さんは、トレーナーにジーンズと赤い靴で、昭和29年生まれ、だなんて思えない程、若々しいお姿でした。

収録

倉田さんは今、漫画家のほかにアメリカやヨーロッパ、そして主にアジア圏(中国、台湾、マレーシア、モンゴル)などで、日本の漫画文化を普及させるために、“ジャパニーズ・マンガアーティスト”として紹介され、漫画の描き方を指導したり、マンガ大賞の審査員や大学で教授を務め、コロナ渦までは、世界を飛び回り活躍していました。

今回、Michikoが一番うれしかったのは、倉田さんが30年前に東京から秋田市に住民票を移し、生まれ育った大好きな秋田にいつでも帰って来られるようにと、アトリエもすでに作っていたことです。そのアトリエで子どもたちを相手に「漫画教室」を開くための準備をするため、秋田にしょっちゅう帰っているとのことです。

収録

そういえば、倉田さんの作品は、秋田県内あちこちで、いろんな形で見かけます。秋田市通町の看板や土崎の「KⅠTASKA」、土崎みなと歴史伝承館。こちらは、秋田市仲小路商店街にある食器のさかいだの2階にあるティ―ルーム陶にも四角い真っ白な大皿に、倉田さんのサインと漫画が描かれていました。

陶

陶

今は、土崎空襲のことを伝える絵本の制作に取り掛かっているそうです。秋田のために、沢山貢献している倉田よしみさん。日本を代表する漫画家なのに、偉ぶることもなく、純粋に秋田を愛している方なんだなあ、って思いました。番組収録の後も、秋田の街をもっと盛り上げたい!と熱いおしゃべりは、延々と続きました。Michikoからのお勧めの本は「青山君の夏休み」。秋田の方だったら、1冊あると勉強になりますよ。

青山くんの夏休み

2021年3月16日

水墨画家・飯塚洋三さんの座右の銘は、「良い時あせらず、悪い時あきらめず!」

3月14日のまめだすとーくは、心の花・東海林大心社長のご紹介で、水墨画家・飯塚洋三さん(87才)にご出演いただきました。ご自分では、アトリエも教室も持たない茶の間の画衆とおっしゃっています。秋田市川尻の総社神社の大絵馬を12年前からお描きになっている方!と言えば、ご存知の方も多いかと思います。

飯塚洋三さん

飯塚洋三さん

飯塚さんは、1933年に横手市で生まれ育ち、1952年4月に秋田相互銀行に入行、1974年に退社した後も、丸果秋田県青果(株)、(有)秋田青果では、代表取締役を務めるなど活躍されました。飯塚さんのモットーは、「仕事は厳しく、余暇は楽しく」だそうです。絵の才能は、子どものころからあったようです。1947年、横手中学校2年のときに描いた「日本国憲法発布普及ポスター」は、秋田県知事賞を受賞しています。

1952年、戦後初めて実施された修学旅行に出かけたときの楽しかったことや、しおりを見て思い出しながら小冊子も作りました。当時は、食べるものがなく旅行するのも大変で、お米を持って行かなくてはならない時代です。普段は「あしだ」を履いて生活していた飯塚さん、お父さんの革靴を借りて履いて行ったそうです。

おばあちゃん家

絵どうろう

本業のお仕事を退いてからは、好きな絵を思いっきり楽しんでいます。総社神社の大絵馬は、元気なうちにず~っと描き続けたいとおっしゃっています。そして、スタジオに持ってきてくださった、国宝「鳥獣人物戯画」を模写した作品!

鳥獣人物戯画

鳥獣人物戯画うさぎかえる

幅32センチの絵巻は、長さが14メートルもあります。「鳥獣人物戯画」は千年前に描かれたもので、「漫画の原点」と呼ばれています。さるやうさぎ等の動物を擬人化し、当時の風習や行事を描いています。国宝が保管されている京都・高山寺から頂いた朱印もしてあります。大心社長は、飯塚さんの作品に感動し、見入っていました。かなり興味をお持ちのようでした。

現在は、秋田県絵画美術院副理事長、秋田県現代水墨画作家連盟副会長。そして、秋田県生涯学習センターの行動人にも指名され、新型コロナウイルスの影響でしばらくお休みしているそうですが、それまでは個展なども開いていたそうです。

台湾

竿燈

2005年には、台湾の台北市で開かれた水墨画展に竿燈まつりの様子を描いた作品が台北市長を受賞しています。その時は、奥様と一緒に授賞式に出られたそうです。いつまでも元気で絵が描けるように、スポーツで体力作りもしてらっしゃいます。ミニテニス、パークゴルフ、健康ゴルフは、奥様とご一緒に楽しんでいます。

飯塚さんには、素敵な生き方と好きな言葉を教えて頂きました。「良い時あせらず、悪い時あきらめず」。Michiko、頑張ります!

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