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2021年11月7日

ライター歴30年の柴田郁子さんは今、お父様と素敵な時間を過ごしています。

11月7日のゲストは、フリーライターの柴田郁子(しばたいくこ)さん61歳。番組のリスナーさんから、「いつも張り切っていて、自分の考えをはっきり持っている人・行動できる人・映画に詳しく知識が豊富で素敵な方の柴田郁子さんをゲストにお呼びしてください!」と情報を頂き、おいでいただきました。

柴田郁子さん

柴田郁子さんにはおよそ15年ぶりにお会いしました。秋田タウン情報にいらした頃、番組やアナウンサー紹介など、いろいろな取材のためよくいらしていました。ABSラジオでは映画情報を生放送番組で伝えて頂いたこともあります。今はフリーになって、情報誌や企業依頼のライターのお仕事は続けていらっしゃるとの事でした。一瞬で人をあったかムードでふんわりと包んでしまう魅力的なオーラを持ち、雰囲気は昔とほとんど変わっていません。

柴田郁子さん

本屋さんはもちろん、銀行のロビーや病院、コンビニなどでよく見かける「大人のための北東北エリアマガジンrakura(ラクラ)」漢字で書くと「楽暮」。青森・岩手・秋田の魅力を伝えていて、北東北の文化や建物・景色・宿・グルメ・ファッション・ペットに至るまで、本当に良いものと一緒に楽しく暮らそうと、内容の濃い充実した情報誌です。

柴田郁子さん

柴田郁子さん

10月25日の特集は「チーズ」。写真も素晴らしく、美味しそう。
何の種類で、どんな料理に合うのかな?どんなお店なのかな?とついつい見入ってしまいます。
2ヶ月に1回、1年に6回発行している「rakura」。おそらく、取材にはかなりの時間をかけて丁寧に作っているのだろうと思っています。ライターの仕事は、自分の調べたことが形になって残るところが魅力と柴田さんはおっしゃっています。

柴田郁子さん

フリーランスになってからの柴田さんは今、92歳のお父様と二人暮らしをしているそうです。取材で出かける時以外は家で仕事をし、今まで出来なかったこと―
朝昼晩3回お父様といっしょにご飯を食べ、夕食は1時間半から2時間もかけ晩酌をしながら
いろんなお話(昔の話や亡くなったお母さまの話など)をしている日々。お父様は、エビチリやイタリアン何でも食べられる方で、この時間とてもご機嫌よく、のどかで、この幸せな時間がずーっと長く続くように願っています。

柴田郁子さん

柴田さんのお話を聞いて、Michikoも父の晩酌の時間ずーっと話し相手しながら過ごした事を思い出しました。娘は父親が大好きなんですよね。嬉しいことに、今回のことがきっかけで読書やテレビだけではなく、お父様は、ラジオも聞くようになったそうです。あっという間の時間で、聞こうと思っていた映画のお話をひとつも聞くことが出来ませんでした。(笑)
柴田さんには、改めてスタジオにおいで頂き、映画情報を伝えて頂く事にしました。お楽しみに。

2021年10月31日

大病を克服して、ますますやる気満々の眞壁明吉良さん

10月31日のゲストは、新屋温泉の高橋大和社長のご紹介で、横手市でうどんの製造販売をしている(株)眞壁屋代表 眞壁明吉良(まかべ あきら)さん(56歳)と、お母さんの眞壁恵子さん(81歳)。眞壁明吉良さんは、2回目の出演でしたが前回に比べて少し体がスッキリして若々しくなった気がして、お聴きしたところ、驚きの発言が。

眞壁明吉良さん

昨年の12月24日、秋田市中通を運転中、急に車の中で体に激痛が走り呼吸ができず、心臓の脈も弱くなってきたのを感じ、たまたま手を伸ばした所にあったペットボトルの水を飲んだら息ができ、そのまま自分で車を運転し日赤病院の救急外来へ。診断結果は「大動脈解離」だったことがわかったそうです。結果、中通病院で手術をすることに。
午前10時から午後4時まで6時間にも及ぶ大手術を受けたそうです。手術室に入る時、眞壁さんはお医者さんに「絶対に生きて帰ってきますからよろしくお願いします。」と言うと、
若いお医者さんは涙を浮かべて「待っていますから頑張ってください。」と話したそうです。
人工血管をつける大手術だったそうです。前にお会いした時よりも20キロも体重が減ったそうです。

眞壁明吉良さんと眞壁恵子さん

退院の日、大和社長が病院に迎えに来てくれて、とても嬉しかったとか。無事に生き帰って来たことで、今までお世話になった方々の事を思い、その方たちにまだまだ伝えたいことがあると、ますますやる気満々の眞壁明吉良さん。ロサンゼルスではすでに使ってもらっている眞壁屋うどんですが、もっと世界に広めたいと今、いろんな構想を練っています。お母さんの恵子さんは、とても笑顔が美しく優しさ溢れる雰囲気の方です。働き者で会社では事務を担当なさっています。お母さんの名刺には、ふしぎな花俱楽部・秋田押花文化倶楽部 インストラクターとあります。恵子さんの美しい作品が印刷されています。
会社の事務をしながら、好きなことを極め楽しんでいます。次回は、お母さんの眞壁恵子さんと沢山おしゃべりしたいです。

収録中

2021年10月24日

幼い頃から月を見るのが大好きだった川柳の長谷川酔月さん

10月24日のゲストは、秋田県川柳懇話会会長で全日本川柳協会理事の長谷川酔月(すいげつ)さん。元警察官でSP(セキュリティポリス)として長い間勤務していただけあって背中がピンとしていて78歳にはとても見えない姿勢の良いダンディな方でした。

長谷川酔月さん

酔月さんのことは新聞やテレビで知っておりましたが、長い間お名前は、翠月ではなく酔月とつけたのはきっとお酒が大好きな方なんだろうと勝手に思い込んでいましたが、月を見るのが大好きだからこのお名前にしたんだそうです。
長谷川さん、大変失礼いたしました。Michikoはとても恥ずかしいのです。
お酒ではなく、月を見ればいろいろな事を考え想像し、月に酔うということから酔月という名前にしたそうです。さすが川柳のお方です。本名は長谷川三紀夫(みきお)さん。名刺には川柳のお仲間が鉛筆で描いてくれた似顔絵が載っています。

長谷川酔月さん

昭和18年(1943年)、河辺郡下北手村桜字桜(現在の秋田市桜)に兼業農家(お父様は国鉄職員)の
9人家族7人兄弟姉妹の5番目として誕生しました。子供の頃、大病をして体の弱かった三紀夫少年は家の中で過ごすことが多く、本をたくさん読んだそうです。小学校に入ると図書館にある本をほとんど読んでしまったそうですよ。本を読むことが大好きな子だったんですね。毎日、月を見ては様々なことを思い、本を見ては色々な言葉を覚え、その頃から川柳会を盛り上げている今の長谷川さんの土台が出来上がったのですね。
平成4年度秋田県川柳懇話会最優秀作品賞に輝いた長谷川酔月さんの本格川柳です。

「夕焼け小焼け いつかひとりの かくれんぼ」

この作品には人生のたそがれ時を感じるという評価で、ちょっと気がつくと昔けんかした仲間や仲良く遊んだ友達もいなくなって、たったひとり残ってしまった―というような深い意味が含まれると高く評価されたそうです。川柳は庶民の文芸、とおっしゃる長谷川さん。良い川柳は、たった17音で一冊の小説にもなるそうです。今回お話を伺って、川柳おもしろそう、と興味を持ちました。サラリーマン川柳などもあり最近は若い人たちにも広がってブームが続いています。

長谷川酔月さん

夏休みの宿題で書いたMichikoの孫の川柳。
「墓参り 祖父はまさかの ビールかけ」
面白いね、良いですよ。お盆の墓参りの暑い日、墓石にビールの泡がかけられ涼しさが目に浮かぶ。よっぽど亡くなった方はビールが好きな方だったんでしょうね、と誉めて下さいました。長谷川さんのトークは、表現力が豊かでやさしく、終始、穏やかな表情でした。緊張感でいっぱいだった警察官の仕事を立派に定年退職まで務め、第2の人生は今やりたかった川柳の道で充実した毎日を過ごしています。川柳やってると、長谷川さんみたいに生き生きと素敵に過ごせるのかしらって思っちゃいました。

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