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2022年5月13日

本当の孫のような存在になりたいと、おじいちゃんおばあちゃんが大好きな「マイミライ」の藤原江里子さん!

5月8日のゲストは心の花・東海林大心社長からのご紹介でシニア向け総合支援サービス・マイミライの藤原江里子さん41歳です。

藤原江里子さん

藤原さんは秋田市外旭川を拠点にしていることから、「心の花」に訪ねて来てくれたそうです。大心社長も高齢者向けのお手伝いをこれからしていきたいと思っていたので、興味をもってお話を聞いたそうですよ。
藤原江里子さんは、ふわ~とした優しさがお顔にあふれていてお会いした瞬間からこちらまで笑顔になり心が癒されます。

藤原江里子さん

江里子さんは秋田でおじいちゃんおばあちゃんのいる大家族で育ち秋田が大好きな女性です。県外の大学に進学しましたが、卒業後は大好きな秋田に戻り、7年間、中学校の教師をしていましたが、結婚のために退職。
お子さんは3人。手があまりかからなくなったことから、前々からやりたかった事を実行しています。
やりたかったこととは、ひとり暮らしの高齢者やふたりとも高齢者という、おじいちゃんおばあちゃんたちが安心して暮らせるように、自分らしく元気に生きられる居場所を作るお手伝いをしてあげることです。
マイミライの資料には、「シニア世代・おひとりさま、おふたりさまの安心サポート見守りたい🏳」と書かれています。
お話を聞いてびっくり!そんな細かいことまで手伝ってもらえるの?って!
たとえば、新型コロナウィルスのワクチン接種の付き添い・施設や病院・郵便局・役所の手続き・ホームセンターに花を見に行く・買い物の付き添い・テレビのリモコンや携帯電話の使い方・身元引受人・・・・・
1人暮らしのおばあちゃんが「おら、ひとりで、最後どうなるんだべ?」それに対し、江里子さんは「大丈夫!一緒にお墓にお連れするよ!」
雨のある日、おじいさんのお墓参りに行きたいとおばあちゃんに付き添って行ったとき、お墓の前にひざまずき、手で墓石を撫でながら、「おじいさん!おじいさん!」って泣きながら話してるのを聞いて、
江里子さんは傘をさしながら一緒に泣いていた。というお話を聞いて、江里子さんは、本気で、本当の孫のようになっているんだって思いました。
こんな素敵な方には自然に協力者が集まっているようです。そしてその方たちに心から感謝しています。
これからもやりたい事がたくさんあるそうです。
おじいちゃんおばあちゃんだけではなく、みんながが自分らしく元気で幸せに過ごせる居場所をつくっていくために活動し、地域での楽しいイベントなども企画していきたいそうです。
藤原江里子さんのご家族、ご主人や3人のお子さんは勿論、江里子さんのご実家のお父様お母様、特におじい様おばあ様が素晴らしい家庭環境で育ててくださったから
こんなに素敵な女性に成長したのではないかとおもいます。
秋には焼き芋パーティーも企画しているそうですよ。

藤原江里子さん

2022年5月1日

秋田ふき粉会の佐藤郁子さん

5月1日のゲストは秋田ふき粉会の佐藤郁子さん64歳。

佐藤郁子さん

佐藤さんはご主人のお仕事の関係で転勤族。秋田にはお土産品が少ないと感じていたようです。そんな時、14年ぶりに秋田に戻り、たまたま「秋田ふき刈り」を見学する機会があり、茎から切り取られた大きな葉っぱが廃棄処分させていることを知り、「もったいない!」と思ったそうです。「この大きな葉っぱも食べることができないか?」栄養士の資格をもつ佐藤さんは、試行錯誤した結果、葉っぱを粉にすることを思いつき2005年の6月に「秋田ふき粉会」を設立。

佐藤郁子さん

秋田音頭にも「♪秋田の国では雨が降ってもカラ傘などいらぬ手頃の蕗の葉さらりとさしかけ、さっさと出て行がえ♪」と歌詞に入っているほど秋田蕗は、秋田の名産品です。
今まで佐藤郁子さんが考案した、秋田ふき粉を使って作った商品ご覧ください。

秋田ふき粉

秋田ふき茶や飴は、ご存知のかたいらっしゃると思います。このお菓子の名前は「秋田ホラふきごまかし」。ここ2、3年はコロナ渦でイベント会場での販売が出来なかったこともあり、比較的新しいこの「秋田ホラふきげまかし」を知らない方が多いかと思います。
秋田ふき粉を練り込んだ生地に黒ゴマがたっぷり入って、MICHIKOのようなゴマ好きにはたまらない美味しさです。

ドッグフードデザイナーでもある佐藤郁子さんは、12月のクリスマスにむけワンちゃん用のクリスマスケーキ作りの教室や楽しい企画も行っています。

佐藤郁子さんには4人のお孫さんがいらっしゃるそうですが、精神年齢は、自称46歳なんだそうです。きっとお好きなことをしているからお若いのですね。

家庭のこともこなし、次々とアイディアとひらめきを実践に生かし、ますます輝いていた
佐藤郁子さんでした。

佐藤郁子さん

2022年4月24日

1997年(平成9年)3月22日秋田新幹線こまちが開業しました。あれから25年!

秋田新幹線こまち開業25周年を迎え、当時のJR東日本秋田支社森川賀之(よしゆき)営業部長においで頂きました。

森川賀之さん

森川さんは昭和18年生まれの78歳。秋田商業高校を卒業後、昭和38年に国鉄に入社。昭和53年には仕事ぶりが評価され、東大卒が3割という超エリート、キャリア組の方たちが多い本社の経理局に秋田から初めて異動となりました。
昭和61年には、国鉄から民営化になる1年前には本社JR東日本の準備室に抜擢され手腕を発揮。
JRとなってからは、平成3年に横手駅長。平成7年にはJR東日本秋田支社の営業部長に抜擢され秋田新幹線の開業における全ての企画に携わりました。
森川さんは本社で出会った上司にも恵まれ、「私は本社で成長させてもらった。」とおっしゃっています。
こまちの開業イベントには驚くほどたくさんの人が秋田駅に訪れ森川さんたちが考案した企画は大成功となりました。
今までに他の新幹線開業のときには無かったことをやり遂げ成功させたのです。

たとえば、開業式には東京ディズニーランドからミッキーとミニーがお祝いに来てくれました。それまで、ミッキーとミニーは絶対にディズニーランドの外に出てくることはなかったのです。当時、東京ディズニーランドは
旅行に行きたい場所のアンケート調査でトップになるほど、人気でした。

そして嬉しいことに開業式やイベントの生中継を、地元でながく愛されている事を理由にABS秋田放送を選んでくださいました。さらに嬉しい事に、前夜祭から出発式などのメインの司会・進行役に私、さとうみちこを選んでくださいました。(それまでは、全国に知られている有名な東京のアナウンサーが担当されていたようです。)
出発式などで、もしも何かトラブルが起きた時に合図が出るまで貴方だったら何か喋って時間を埋めてくれるだろう!
これには、森川さんの秋田を愛する気持ちと、思いっきりの良さが感じられました。
イベントには秋田出身の歌手、岩本公水さんも起用され華を添えてくださいました。(1997年NHK新人歌謡コンテストでグランプリ・紅白歌合戦に初出場)
男鹿で世界中の鬼たちを集合させた鬼フェスティバルも驚きでした。
とにかく、森川さんを中心とするJR東日本秋田支社のチームワークの良さには驚きました。
それは、意外なことに国鉄時代からやっていた麻雀(マージャン)のおかげもあるのではないかと思うのです。
森川さんが尊敬する本社でお世話になった上司の方から学んだことが大きかったようです。
当時は日本国中、麻雀ブームで職場の休み時間や仕事が終わってから、麻雀をよく楽しんでいたそうです。
でも、その上司の方は、仕事ができる人しか麻雀のメンバーにいれてくれなかったそうです。
麻雀は頭をよく使い、全体を見ながら、想像力もつくゲーム。
しかもその上司は超エリートのキャリア組ではなかったのに、国鉄に入ってから公認会計士の資格をとった頑張り屋さん。ピアノやバイオリンもできる人。そんな上司と出会い、森川さんは高卒でもご自分の努力で堂々と超エリート職員に負けない位がんばってこられたのです。
森川さんは今でも麻雀だけは楽しんで続けているそうですよ。
「自分が今やりたい事を思いついた時、実行できそうにない事でも、そのやりたいことを人前で話すこと。話してしまえば、自分にプレッシャーをかけることで、頑張れる。」
森川さんは番組の最後にこんなアドバイスをくださいました。
こまち開業イベントで驚くようなアイディアで成功させた企画が、まだたーくさんありますので、時期をみて
またおいで頂きお話を伺いたいと思います。

森川賀之さん

大先輩の森川さんからいただいた、ひとつひとつの言葉を大切に、これからもMichikoなりに頑張って生きていこうと
思いました。

森川賀之さん

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