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2021年7月18日

POPデュオ「サクラメント」のリーダーで「レトロカフェ異人館」の小野鉄平さん

7月18日のゲストは、秋田出身のPOPデュオ「サクラメント」リーダー小野鉄平さん(33歳)においで頂きました。

小野鉄平さん

秋田市八橋の歴史あるカフェ「異人館」で見つけた元ミュージシャン小野鉄平さんから頂いた名刺には、株式会社Hanako運営管理部 取締役部長と書いてあります。これは、どういう事なのか?聞いてみると、何時間あっても説明できないほどいろんな事情がありました。まずは、今の店内の様子ご覧ください。

小野鉄平さん

若い人が多く入るようになり、驚いたことに元ブラウブリッツ秋田の選手で、現在は営業部・クラブアンバサダーとして活躍している三好洋央(みよし・ひろちか)さんとお会いできたんです。選手時代は2010年から2015年シーズンまで、かなり得点を入れていた16番の三好選手が出ると、「みよし―!!」と私たちサポーターは大声で応援していました。嬉しくて写真を一緒に撮って頂きました。ブログ掲載の許可もいただいてお話もしたんですが、素敵すぎて夢のようでした。Wi-Fi環境が整っていて落ち着けるこの場所でよくお仕事しているようですよ。長崎県出身の三好さんが秋田にまた来てくれている。ずーっとこの後もいてほしい思いです。

小野鉄平さん

コーヒーは昔と同じサイフォンを使って、一杯ずつ丁寧に淹れています。優雅で品格のある店内で頂くと、味が一層美味しく感じるのです。昔あったホットケーキやグラタンに代わり、オリジナルのカレーライスやパスタ。これが、超おいしいのです。デザートもオリジナルのものを季節ごとに変えて色々、工夫が見られます。

小野鉄平さん

小野鉄平さん

インテリアも昔からのものと、あちこちに今までなかった本物の楽器が飾られていたり、ジャズなどセンスの良い音楽が流れ、居心地の良い場所になっています。鉄平さんの目指すレトロカフェ異人館は、昔なつかしい昭和の異人館を残しながら、若い人たちにも喜んで頂けるお店なんだそうです。すべて、思い通りに進んでいますね。

小野鉄平さん

小野鉄平さんは秋田市生まれ。小さい頃から歌手になりたいと夢を持っていましたが、「東京に行って歌手になりたい!」と両親に告げたところ、2人とも美容師で美容室を経営していたことから「その前に美容師の免許をとってからにしろ!」と言われ、秋田工業高校に進学しながら同時に専門学校で勉強しながら国家試験に合格したがんばり屋さんでした。2010年に桜小学校・中学校時代からの友人三浦直(すなお)さんとサクラメントを結成し上京。2012年にはCDデビューを果たし、関東や秋田でもライブを中心に精力的に活動していましたが、2014年に三浦直さんの結婚を機に、活動を休止に。そして、鉄平さんは秋田へ戻り実家の美容室を継ぐために、美容ディ―ラーの会社に就職。4年後にお父さんが社長を務める株式会社Hanakoに就職し今に至るそうです。その後、サクラメントの三浦直さんが突然、心臓の病気で天国へ旅立ってしまったそうですが、直さんの分まで、おもいっきり生きてほしいと思います。きっと、直さんは鉄平さんのそばで、風や木・花や葉になり見守っていてくれると思います。こんなに爽やかな人を育てたご両親にお会いしたくなったMichikoでした。

小野鉄平さん

2021年7月11日

秋田大学教育文化学部特別教授 佐々木和貴先生

7月11日のゲストは、「心の花」の東海林大心社長のご希望で、秋田大学教育文化学部特別教授の佐々木和貴先生においで頂きました。佐々木先生は、まめだすとーくの前身「花咲けねんりん俱楽部」がスタートした1995年の6月から2020年の3月まで、およそ25年間パーソナリティとして番組を支えてくださった方です。

佐々木和貴さん

佐々木先生は相変わらず優しいお顔で、しかもお元気そうで安心しました。大心社長は大好きな先生にお会いできてとても嬉しそう。番組中ずーっとニコニコ笑顔でした。秋田大学は、新型コロナの影響で今も基本的にはオンライン授業が続いているそうです。学生たちは慣れていて、オンラインミーティングアプリZoomはすぐ使いこなせるし、先生が良い事を話すと拍手が起きたり、プレゼンテーションソフトPowerPointを使う事も簡単にできるそうです。しかし、先生はなにか物足りない感じもあるそうです。オンラインだけの授業は知識を教えることはできるけれど、そのほかの部分、大人になっていくプロセスが少ないので心配とおっしゃっていました。

佐々木和貴さん

ところで、佐々木先生は英文学の研究者でありシェイクスピアが専門です。今、私たちは新型コロナで苦しい時代を生きていますが、シェイクスピアの時代にもペスト菌による感染症「黒死病」の大流行があったそうです。その影響で劇場が閉鎖となり、劇作家のシェイクスピアは、その間に構想を練って「ロミオとジュリエット」ができたそうなんです。人口の3分の1を失った時代があったことを教えて頂きました。そんな困難があっても乗り越えてきて今の時代があるのを知り、佐々木先生の言葉は励みになりました。新型コロナウイルスは必ず終息するときがくるので、みんなでもう少し我慢して乗り越えましょう!

佐々木和貴さん

佐々木先生宅のお庭には今、紫陽花の花が咲いているそうです。大心社長の「心の花」も紫陽花の花がとてもきれいに咲いているそうですよ。お二人の会話にMichikoはしっかりと癒されました。

2021年7月4日

サッカーをするために生まれてきたような方、熊谷明夫さん

7月4日のゲストは、元秋田県サッカー協会会長であり現在は名誉会長でいらっしゃる熊谷明夫(くまがい あきお)さん(74歳)においで頂きました。

熊谷明夫さん

熊谷さんは、総合問屋・株式会社しもむらの代表取締役社長としてのお仕事をこなしながら、大好きなサッカーにも秋田シニアサッカークラブの現役選手として、情熱を燃やしていらっしゃいます。さすが熊谷さん、スタジオには一番お気に入りのバッジをつけておいでくださいました。このバッジは、茨木県で行われた「ねんりんピック」で頂いた記念品で、水戸黄門がサッカーをしている様子を描いています。水戸黄門のように、白髪が生えるまでずーっとサッカーを続けたいという思いが詰まっています。熊谷さんにぴったりのバッジです。

バッチ

熊谷さんはとにかく俊足で、こまねずみのように動き回るきめ細かい動きは、Michikoでもわかるほど50年前から変わらずとにかく運動能力に優れた方です。熊谷さんは河辺町(和田)の出身で、小学校から中学校までは野球少年だったそうです。サッカーを始めたのは秋田商業高校に入学してからで、なんと、3カ月後の7月にはレギュラー選手として活躍したのです。高校サッカー選手権全国大会ではベスト4に輝いています。熊谷さんたちが土台を築き、今は亡き後輩の、元秋田商業高校の校長であり、ブラウブリッツ秋田の初代社長、外山純さんの時代には全国大会や国体、インターハイで何度も優勝を果たし、秋商サッカーの全盛期を迎えます。昭和51年、熊谷さんは選抜チームに選ばれ、佐賀国体では準優勝
昭和52年には青森国体で優勝を果たしています。サッカー人生の中で印象に残ることとして、2002年の秋田わか杉国体の時に日本サッカー協会と秋田県サッカー協会の親善試合があり、高松宮殿下から「良いパスだったよ!」とお褒めの言葉を頂いたのが自信に繋がり、ますますサッカーが好きになったとおっしゃっています。

熊谷明夫さん

熊谷さんは、ご自分でサッカーをしているだけではなく、お子さんやお孫さん3世代で
サッカーに夢中です。まめだすとーくのディレクターが秋田高校のサッカー部時代、熊谷さんの次男の方と対戦したことがあるそうで「とにかく当時の秋商は強かった!」と言っていました。今注目しているのは、お孫さんたち。なかでも現在ブラウブリッツ秋田のU-13で頑張っているお孫さん。プロサッカー選手になってくれたら嬉しいな!なんて勝手に思っている私です…(笑) 新型コロナの影響で、昨年秋田で行われる予定だったシニアの全国大会が延期になっていますが、今のところ10月に予定しているそうです。お願いだから、新型コロナ!そろそろ撤退を強く願います。熊谷さん、美味しいお土産までありがとうございました。

熊谷明夫さん

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