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カテゴリ「ブログ」のアーカイブ

2021年5月16日

好奇心旺盛!自転車でどこへでも。ダンディな90歳 小笠原義勝さん

5月16日のゲストは、社会福祉法人 桜丘会 広面地域包括支援センター桜の園ケアマネージャー・清水洋子さんからのご紹介で、小笠原義勝さんにおいで頂きました。清水さんによると、小笠原さんは90歳の今も自転車に乗って毎日興味のある所へ出かけ、インターネットで自分の洋服を選ぶ、オシャレでとても若々しい方とのこと。楽しみに待っているとABSの前で、あちこち見ながら清水さんと何やら話している小笠原さんがいました。なかなか中に入ってこないので聞いてみると、その訳がわかりました。小笠原さんは元国鉄職員で、鉄道管理局のあった現ABS秋田放送本社社屋のこの場所で長い間仕事をしていたとの事。あまりの変化に驚いたのと懐かしさで、清水さんにいろいろ教えていたようなのです。早速、ロビーで写真撮影しました。171cmのカッコイイ小笠原さん嬉しそうでした。

小笠原義勝さん

小笠原義勝さん

小笠原さんは西仙北郡今泉字土川(現大仙市)に生まれ育ち、昭和23年に国鉄に入社。昭和61年に55才で退職。管理局のすぐそばには独身寮があり、毎日みんなでマージャンとお酒…の生活。現職時代は病気した事がなかった小笠原さんですが、退職後すぐに倒れ狭心症になり、手術後1ヶ月も入院。以来、毎日飲んでいたお酒をやめ健康的な生活をしてらっしゃいます。

小笠原義勝さん

朝は5時半に起きて、お食事は全て同い年の奥様 朝子さんの手料理。1週間に一度、ジョイリハ秋田寺内のデイサービスでマシンを使った運動をしているそうです。デイサービスには看護師や指導してくださる方もいて安心とおっしゃっています。小笠原さんにはこれからも長生きして頂き、100歳になってもこのスタジオに、また今度は奥様とご一緒に出演して頂きたいと思います。人生の大先輩にMichikoは今回もいろいろな事を学びました。

小笠原義勝さん

2021年5月9日

大学生で会社を立ち上げた菅原魁人さんは、高齢者に優しい好青年でした

5月9日は、心の花・東海林大心社長のご紹介で、秋田大学4年 株式会社リバティーゲート(以下、㈱リバティーゲート)社長菅原魁人さん(22歳)をゲストに迎えました。菅原さんは「あの方はモデルさん?それとも俳優さん?」と思えるほど素敵な容姿で、スタジオが一気に明るくなりました。

菅原魁人さん

大心社長が菅原さんにお会いしたいと思ったのは、菅原さんが立ち上げた ㈱リバティーゲートが掲げる理念に共感したからとの事で、その理念とは「高齢者になることが待ち遠しいと思える社会」。大心社長の「心の花」は、「人生を最後まで輝かせる」という理念を掲げています。㈱リバティーゲートのサービス名は「アシスタ」(お手伝い)という意味です。高齢者が困っていることがあったら何でも自分達がお手伝いします という会社で、現在アシスタに登録している学生は秋田大学だけでなく、国際教養大学・県立大学・看護学校・専門学校など、県内の様々な学校の学生およそ130名が登録しているそうです。国の介護保険制度で賄いきれない部分を補っています

菅原魁人さん

お手伝いする内容は、病院の付き添いや雪かき、パソコン・スマホの操作指導、他には「背中にシップを張ってほしい」、「料理を一緒に作ってほしいから買い物にも付き添ってほしい」、「孫と話すための参考にしたいから、若い人が何を考えているのか どんなことに興味を持っているのか知りたいので話をしにきてほしい」など・・・。注文内容によって適正な方を派遣してくれるそうです。車椅子や杖を使っているため大好きな映画や美術館に一人では中々出かける事ができない方や、いつも一人で食事しているため一緒に手作り料理を食べてほしい方など、一人暮らしにはお薦めの心を満たしてくれる「アシスタ」だと思いました。

菅原魁人さん

自分が生まれ育った秋田にずっと住みたいと思い、自分で決めて会社を立ち上げた菅原魁人さん。大心社長もおっしゃっていたのですが、「こんな大学生がいたんだ!」とMichikoは嬉しく、ちょっとこの日のスタジオは華やかで明るい雰囲気に包まれていました。

2021年5月3日

「One for all,All for one」
(一人はみんなのために、みんなは一人のために)
小坂高校元ラグビー部監督 山口清彰先生

5月2日のゲストは、小坂高校環境技術科非常勤講師 山口清彰先生67才。今も小坂町のためにラグビー精神で頑張っていました。山口先生は富山県魚津市出身で、秋田大学鉱山学部時代にラグビーの魅力を知り、大学卒業後、富山県の一流企業に就職したもののどうしてもラグビーという素晴らしいスポーツを高校生に伝えていきたいと、5年半勤めた会社を退社し再び秋田大学へ。教員免許取得(高校工業と高校理科)のため、秋田大学の聴講生となり、1年半で念願の高校教師に。それから44年間、秋田県で暮らしています。

山口清彰先生

21年目となる現在のお勤め先の小坂高校は105年の歴史を持ち、3年後、十和田高校・花輪高校と共に統合されることになっています。現在の1年生が3年生になる時が最後の小坂高校の卒業生となるそうです。それまでは生徒たちを見届けたいと、いま他の先生たちと共に色々なことを企画し素敵な生き方をしていました。

山口清彰先生

*小坂七夕への参加 / *出前授業 / *小坂小学校との連携授業 / *康楽館の舞台上での課題研究発表 / *30年前から行っている除雪ボランティア /*溶接班5人で作製した鉄製フラワースタンドへの植栽 / *小坂高校出入り口に設置している校名の花文字復活 / *よさこいチームの活動 などなど・・・。先生は全ての行事をカメラに収めファイルを作っています。1年間でA4判のファイル10冊にもなるそうです。

山口清彰先生

環境に配慮したもの作りができる人間の育成を目標に活動しています。今年3月に卒業した生徒の約75%は、秋田県内に就職が決まったという事です。小坂町は自分の故郷のようだとおっしゃる山口先生。やはり今も熱血先生のまま、小坂高校で輝いていました。テレビドラマに出てくるような熱血先生って本当にいるんだ!とMichikoは40年前に初めてお会いしたとき感動したんですよ。

山口清彰先生

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