ABS秋田放送

2010年7月30日

応援の思い出

【きょうのテーマ】応援の思い出

本日、雨のため少年野球の決勝が順延になりました。
ごくじょうラジオは通常放送でお送りしました。

両チームとも応援に力が入っていることでしょう。
なんせ、初優勝を賭けての決勝ですから。
とくに成章は大館市の十二所地区の全校生徒が100人に満たない学校なので、地域の期待も背負っているでしょうね。

さて、応援の思い出・・・
スポーツに携わる仕事をして応援があるというのは、するにしてもされるにしても羨ましいことだと思います。

中学時代、軟式テニス部だった中総体の地区大会は、自分たちがプレーするのに精一杯で応援した思い出は無し。親族の応援も無し(泣) だから今の秋田の小中高生のように、家族が応援しないで誰が応援するという雰囲気の応援は羨ましく感じます。しかも県大会に進んだものの、地元から90kmも離れたところでの開催なので県大会でも応援無し(泣)

高校時代は、母校・安房高校がひょっとしたら甲子園にいけるかもしれない、という期待のかかった年が1年だけありました。住友金属鹿島でプレーした岡島さんという先輩が3年生のとき、初の甲子園出場の期待がかかりました。ベスト8まで行ったらたしか全校応援?のような予定が組まれたと思います。しかし、地元から90kmも離れた千葉市での予選だったため、結局高校時代は1回も野球などの応援に行くこともなく卒業しました。

そして、迎えた社会人の1999年の夏の甲子園。
この頃は、まだ秋田県勢の追っかけ取材のため甲子園にクルーが取材に行っていました。
母校安房高がいけるかもしれない!そうなれば甲子園に行って、母校を応援できるかもしれない...
しかし、その年優勝した「柏陵」に準々決勝で5-1で安房高校は敗れました。母校の応援は叶いませんでした。

しかし安房高校は2008年の3月第80回のセンバツ甲子園で、有力候補だった高校の辞退により21世紀枠として初の甲子園出場を果たしました。もう、同級生はお祭り騒ぎ。バスを使って一路首都圏から阪神甲子園球場へ向けて出発しました。
そうです あのYOSHIKIさんがヘリで応援に来るかも・・・と噂されて、高野連の方から応援自粛の要請が出たあの大会です。同級生も久しぶりに連絡を取り合い大騒ぎして帰ってきたそうです。その輪に加わりたく、休みをとって応援に行きたかったのですが、それ以上に年度末でいろいろな仕事が重なっていたため応援の夢はかないませんでした。

でも応援の疑似体験はできました。やはり母校というのは純粋な気持ちで応援したくなり力が入りますね。
応援できるときは精一杯応援しよーぜ!

【藤枝おばあちゃんのじゃんご料理】

「鶏ささみのチーズ衣揚げ」
某コンビニの某ファストフードに近いぜ!旨いぜ!

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