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2013年3月25日

2013年3月25日(月)

あさ採りリスナーの皆様

2005年7月からアシスタントを務めさせていただきました。
私にとって初めてのラジオの仕事でもありました。
声だけで情報や話題をお伝えする難しさを感じながらも、楽しくやりがいのある番組でした。

約7年の間にいろいろな事がありました。
震災後、秋田放送の最初の通常放送になったのがあさ採りワイド秋田便でした。どう番組を進めていけばいいのか、廣田アナウンサーと悩み迷いながらの放送だった事は今でも忘れられません。
出産のため最後の放送となった2011年12月27日。その8日前に母を亡くした私にとってリスナーさんからの70枚近い出産応援メッセージは本当に心の支えになりました。改めて皆さんありがとうございました。
「あなたが笑うとついつい笑っちゃうわよ」「元気をもらってるよ」とリスナーさんに声を掛けていただく機会も多いのですが、私の方が皆さんから笑顔や元気をいただいてきました。
無事息子も産まれ、今年1月からまた番組の仲間に加えていただき、とても楽しい3ヶ月でした。

降板して復帰してを何度か繰り返した私をいつも温かく受け入れていただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします!

4月からは午後の番組・ごくじょうラジオで産休に入る酒井アナウンサーの代役をつとめます。
ワリーガッタナーさんとの最年長ペアにご期待下さい(笑)

2013年3月11日

2013年3月11日(月)

廣田です。

東日本大震災から2年になるのを前に、
被災地の一部、岩手県大槌町釜石市に行きました。

ちょうど1年前にも同じく大槌町と釜石市に行きました。
震災から2年がたって、何が変わったのか、あるいは、何が変わっていないのか。

私の場合、通年で被災地を見てきたわけでもありませんし、
被害を受けた場所の全てを見たわけでもありません。

ただ、放送という仕事を通じて、
少しでも何か伝えられればと思い、
去年も今年もあさ採りの中で見て感じたことを話しました。
そして、この放送日記でもお伝えします。

2年が経っても大槌町はさら地のまま。


大槌港から約1.5km以上離れている大槌中学校も、
1階部分に津波のつめ跡が残ったまま。

ただ、1年前は町全体がセピア色に見え、寂しい感じでしたが、
今年はその中にも鮮やかな色が見えました。

左奥には骨組みだけの建物も見えますが、
右手前の建物には、壁に綺麗な絵が描かれていました。

上に上に伸びていく大木と、花。
逆側の壁には、虹の絵もありました。

仮設住宅で暮らす人達が、また地元で集まれるような場所を提供しているお店もありました。
釜石市でも、さら地の上で、キッチンカーや大型バス型の食堂という形で営業しているお店もありました。
再生」に向けた動き・思いをあちらこちらで感じました。

もう一つ、去年と今年で違ったのは津波が到達したことを示す道路標識



坂の途中に標識があります。
「こんなところにまで津波があがってくるのか」と驚きました。

津波に関しては秋田にとってもきちんと対策を取らなければならない問題です。

被災地への思い・支援を風化させないと同時に、
いつ来るかわからない災害に対する警戒、
備えの大切さも風化させてはいけないと感じた2013年3月です。

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