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2021年9月5日

アートあふれるオシャレな風が吹いている秋田市の仲小路商店街は益々魅力的に!

9月5日のゲストは、秋田市仲小路振興会副会長・三浦崇暢(たかのぶ)さん35歳とメイクレッスン専門スタジオ(ヴィヴァン・メイクアップ・ワークス)の佐々木美郷(みさと)さん37歳をお迎えしました。

三浦崇暢さん、佐々木美郷さん

秋田駅西口駅前からアーケード街を通り抜けたところにあるのが、仲小路商店街。仲小路というと、美術館や音楽ホールもあるアトリオン(秋田総合生活文化会館)があることから、それぞれのお店がきめ細かい工夫をして、通り全体がアートにあふれ、常日頃からイベントを行っている素敵な通りです。今までは、上品な高齢の女性に人気の通り!というイメージがありましたが、街をあげてJ2ブラウブリッツ秋田を応援したり、オシャレなワインやコーヒーのお店、ネイルサロンなども出店したりで、最近若い人たちも多く見かけるようになりました。

三浦崇暢さん

この日のゲスト、仲小路振興会副会長の三浦さんにお聞きしたら、最近、振興会の会員になってくれたという佐々木美郷さんを紹介してくれました。美郷さんは、秋田に移住して9年目。秋田に来てすぐにこの通りが気に入って、ちょっと敷居が高いとの思いもあったそうですが、東京・原宿駅前・表参道の雰囲気を感じ、イメージがわき新しいものを発信できる素晴らしい憧れの場所とだと思っていたそうです。秋田明徳館高校の前にある仲小路ビル2階の空き店舗を見てひと目で気に入り決めたそうです。

佐々木美郷さん

美郷さんは、かつて大手の化粧品会社に勤めていたこともあり、その知識も活かしながら、子育て・仕事・家事との両立などで忙しい女性たちのために、どんなに忙しくても自分らしく美しくあっていただきたいと、メイクレッスンのお店を出すことにしたのです。人それぞれの肌質は違うので、自分の使っている化粧品をそのまま使っても良いし、ちょっとしたメイクの仕方で元気に若く見えるテクニックのほか、眉の描き方、口紅やアイライン…何でも、相談に応じてくださるようです。
相談によっては、出張レッスンや、早朝・夜遅くからなど何でも!
但し、佐々木美郷さんは体がひとつなので、お問い合わせは全てホームページからお願いします。「秋田市のメイクレッスン」で検索すると、すぐ「VIVIANT MAKEUP WORKS(ヴィヴァン・メイクアップ・ワークス)」と出てきます。
わあ!秋田の女性がますます美しくなりそう。

三浦崇暢さん、佐々木美郷さん

2021年8月29日

三菱重工相模原ラグビー部(ダイナボアーズ)の生みの親・佐藤貞直さんはお話が面白くて超元気!

8月29日のゲストは、新屋温泉・高橋大和社長のご紹介で、高校時代の同級生、佐藤貞直(さとうさだなお)さん72歳。改めて当時の秋田高校3年B組には、すごーい人が多いことにびっくり!

佐藤貞直さん

佐藤さんは、創部1971年の三菱重工相模原ラグビー部の誕生に、貢献した方でした。高校では水泳部で活躍していたのに、進学した小樽商科大学では学生食堂で出会った先輩から声をかけられ、牛乳一本おごっていただいたのがきっかけで勧められたラグビー部に入ったという…とても素直というか。本当は、当時大スターだった石原裕次郎に憧れ、ヨット部にでも入ろうかと思っていたそうですが、牛乳一本の力でラグビー人生がスタートしたのです。勉強はもちろん、運動能力も優れていたのでしょうね。大学でも、ラグビー部でかなり活躍したそうですよ!

佐藤貞直さん

65歳で定年退職してから、いま何をしてらっしゃるのか聞いたらこんな名刺を出されました。その内容に、またまたびっくり!「今やっていること・家事手伝い・不惑俱楽部・NPO法人秋田ふるさと応援団理事・ダイナボアーズの熱心な応援・三菱重工エンジンOB会の幹事・ゴルフとたまの麻雀・いろんなグループでのノミニケーションも結構ある」名刺の裏にこのように書かれているのです。なんて分かりやすくて、ユニークなんでしょう。そして、なんてったってトップにあげていたのが家事手伝い。家の中で過ごすことが多くなり、改めて奥様に感謝し「妻のサポートがあって今がある」と何度もおっしゃっていたのが印象に残り素敵でした。

佐藤貞直さん

ふるさと秋田を愛し、ラグビーを愛し、友人を愛し…偉大な方は、心も豊かですね。2017年に秋田で開催された「ねんりんピック」の時には、秋田の熱血先生!元小坂高校ラグビー部監督の山口清彰先生ともお会いになっていました。左の方は、佐藤貞直さんと秋田高校の同級生で秋田県ラグビー協会副会長の三戸俊信さん(文京堂社長で秋田高校ラグビー部OB)です。友情も大切にしていました。

2021年8月22日

80歳なんて信じられないほどハツラツとしていて、尊敬し目標とする人生の先輩・児玉キミ子さん

児玉キミ子さん

8月22日においで頂いたのは、日本フラメンコ協会正会員・創作紙粘土協会「人形と花づくり」師範の児玉キミ子さん(80歳)。
児玉先生の好きなところ、尊敬できるところは、常に前を見ていて、やりたいことには何でも挑戦!若い世代の方たちの意見、発想や行動にも興味を示し、好き嫌いなく何でも食べ健康的、どんな場所でも楽しめ、しかも、家事は完璧にこなす。そして、背中の線がきれいでスタイルがよく、手先が器用!お喋りしかないMichikoの相手も楽しんでしてくださる。
書き出したらきりがないほど、チャーミングで目標にしたい方なんです。

児玉キミ子さん

児玉キミ子さん

児玉先生は1941年5月5日生まれ、土崎空襲の時は4歳でお母さん手作りの細長い頭巾をかぶせられ、穴蔵(防空壕)のようなところに入った記憶はあるが、こわいとかそういう感情は記憶に残ってないとの事。小学生の頃は、学芸会で、舞台の中心で踊っていたそうです。絵を書くのも好きで、家で頼まれた着物をつくるお針子さんをするお母さんのそばで過ごしていたようです。きっとこれが創作粘土の師範までに達した児玉キミ子さんの手先が器用な土台作りになっているのでは?と思うのです。お父さんは軍人で超まじめで厳しい方。戦後は、帝国石油に就職。そのため転勤で、家族はいろんな場所で生活していたようです。

児玉キミ子さん

フラメンコや紙粘土の教室のほかに、興味があれば自分のために勉強する日もあってほとんど毎日スケジュールでいっぱいの児玉さんですが、ご主人のために、手料理はじめ家事は完璧にこなしています。社交ダンスの会場で知り合ったのがきっかけで、24歳で結婚!ご主人は長男で家族も多かったそうですが、結婚の条件として「独身時代に好きでやっていたダンスやバレエはそのまま続けさせてほしい。お母さまには、食事の支度だけしていただいて、そのほかの後片づけや掃除などは全て自分がします。」と約束させてもらって、義父母が亡くなったあとも、今だその約束を実行しているのです。そんな歴史があるから、今の生活が、できるのですね。

フラメンコ

最後に児玉さんは、お若い人たちに「ダイエットなんて体にいいわけがない。好き嫌いなく食べること。なるべく自分で作って食べることが大事。」児玉先生のように全身を使って生活していれば、どんなに食べてもブヨブヨにはなりませんよね。( ´艸`)
ご主人の言葉にも、感動しました。「友人から誘われたら、よっぽどのことがない限りお付き合いをしなさい。何よりも友人は大切なもの。」とおっしゃったそうです。なんて心の大きな、すばらしいご主人でしょう。児玉キミ子先生の輝きの元は、ご主人との出会いから始まった気がしました❣

児玉キミ子さん

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