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2025年07月18日

【リレーブログ】願い事

1983(昭和58)年といえば、今から42年前の夏のことです。
東京の街を、紺のスーツにネクタイ姿の大学4年生が歩いていました。
当時は「クールビズ」という言葉もなく、就活学生は真夏だろうとスーツにネクタイが当たり前だったのです。
当然のことながら暑くて暑くて、電車の乗り換え駅に降りたその学生は、ホームにあった水飲み場で水をゴクゴク飲み(昭和の頃は、水道の栓をひねれば誰でも水が飲める設備があった)、渇きと、就職活動の疲れをいやしていました。
「アナウンサーになれるかなあ」と思いながら。

はい、その学生は、42年前の私です。
この夏の願い事は「アナウンサーになれますように」でした。

就職活動は、火花がバチバチ散るサバイバルゲームかと恐れていたのですが、会社説明会や試験会場に行ってみると、アナウンススクールで知り合った仲間や、大学のアナウンスサークル同士で飲んだ友人の顔があって、笑顔で挨拶を交わし、気持ちが救われました。
ある局の試験を受けて、最初の面接を通過、その次は声を出して原稿を読む音声試験、思ったことをカメラの前で話すカメラテストなどを経て、男性6人、女性6人まで残ったことがありました。
このうち誰かと誰かが、採用されるわけです。
「はい、お疲れ様でした」と解散になったあと、誰言うともなく誘い合い、新宿のピザレストランにビールを飲みに行きました。
なんか、大きな試合を終えたような、達成感と疲労感。
まだ体にしっくりなじんでいない紺スーツを着た若者たちが「かんぱーい」とジョッキを傾け、「誰が受かるんだろうねえ」と、そんな話で盛り上がりました。
この段階になると、ライバルとか敵と言うより、ゲームをクリアした仲間同士という感覚で、対抗心など消えていて、仲よくおしゃべりしていたんです。

その局は結局落ちて、2社目に受けた山形の局に拾ってもらい、願いはかなったのですが、夏になると今でも、スーツを着て歩いていた暑い東京の街、試験のあとの和気あいあいの飲み会まで、鮮やかに思い出します。
令和の今も、アナウンサーに限らず、めざす目標に向けてがんばっている若者がいるだろうと思います。

昔の写真を探したのですが見つからず、やっと出てきたのが、履歴書用に撮った写真でした。

賀内さん証明写真

もうちょっと自然な表情にならなかったかなあ。

このかたの願いごとは何でしょうか。次は酒井さんです。

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