ABS秋田放送

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2017年4月13日

真央ちゃん、ありがとう

フィギュアスケートの浅田真央選手が引退した。
昨日の引退会見は、心に残るものだった。
会見場は、なにか最初から温かい空気に包まれているのが伝わってくるようで、この選手がいかに愛されていたのかがそれだけでもわかるようだった。

ほんとに、トリプルアクセルと巡り会ってしまったがために、毎回リスキーな試合を迫られることになった真央ちゃん。
見る方も、今度はうまくいくのか、ダメなのか、と、ハラハラドキドキが止まらない。
私は、実況のアナウンサーが、『トリプルアクセル…』と声をひそめるように告げると、テレビの前で神に祈りを捧げるポーズで固唾を飲んだ。

跳べたときは『やったー!』と歓喜。そして、このトリプルアクセルを守るためにも、このあと取りこぼしがないようにと、さらに祈った。
そして、失敗したときには『あー!』と頭をかきむしり絶望のポーズ。
そのあとは、真央ちゃんがこれ以上ガッカリしないように、最後までしっかり…!と再度祈った。

そう、いつも祈りのポーズである。
それまで、フィギュアにさほど興味のなかった私なのに、真央ちゃんが試合に出るようになってからは毎回祈りのポーズで見守ってきた。
おそらくそういう姿は全国で見られたのではないか。
真央ちゃんは、フィギュア人気を一気に押し上げた立役者だ。

私たちは、彼女のスケートの中に、一人の人間の成長を映していたのだろう。
幼い頃、なににもとらわれずにクルクルとトリプルアクセルを跳んでいた真央ちゃん。
あるときから背がすっと伸びて、アクセルが難しくなってきた。
一方心の成長とともに世間の期待がどれほどのものか、気づくようになり、インタビューにも気を遣った発言をするようになって。プレッシャーもどれほどのものであったか。
それでも彼女は、少女から大人の女性へと成長しながらまだ自分のものにならないトリプルアクセルに挑み続けた。諦めなかった。
彼女は、私たちが日常の中で感じるいくつかの失望や挫折の何倍もの辛さを感じながら、それでもトリプルアクセルから逃げなかったのだ。

私たちも自分の人生の中で困難に出会うことがある。
私などは、すぐ何か理由を見つけて、その困難から逃れようとする。何かぶつぶつ言いながら、困難に背を向ける。
それは誰に対してでもなく、自分への言い訳だ。その時点で自分を卑下しているのだ。

でも真央ちゃんは逃げなかった。何度失敗してもまた立ち向かっていったあの姿は、何からでもなく、自分から逃げなかった姿だった。
だからこそ、私たちは、成功したときのトリプルアクセルが、彼女にとってどんなに喜ばしいものか、それがどんなに大変なことだったかを想像して感動したのだと思う。
また彼女のスケートは大人になるにつれ、表現力に磨きがかかり、本当に、成功したときのプログラムは思わずため息が出るほどの美しさだったと思う。
蝶々夫人も、白鳥の湖も、真っ白な氷の上で強く、悲しかった。荘厳な鐘も、おちゃめなリズムも全て自分のものにし、あのラフマニノフのピアノコンツェルト、ソチのFPの氷上で魅せたスケーティングはまるで自分への怒りをぶつけるような、胸がかきむしられるような激しさで、高難度の技を次々と決め、天を向いて演技を終えたときの姿は、まるで自分自身に向かってどうだ、と言っているようで、同時にまだ幼さも残る泣き顔に思わずこちらも泣けた。
彼女はスケートで人生を語ってくれた。

彼女は記者会見で『いくつもの山があった』と自分のスケート人生を振り返った。
私は、『山』なのだ、と思った。
『壁』でも『谷底』でもなく、彼女はいくつもの山の頂を越えてきたということだ。
登山家を思った。
山頂を極めても、また次の山を求める。山の頂を極めた人にしか見えないその景色は辛くてもまた、求めたくなるものなのだろう。
心ゆくまでいくつもの山越えをして、今、『もういいんじゃないかな、』と思ったという彼女は、本当に素晴らしいアスリートだった。

2011年お母様を亡くされた。
母匡子さんは、真央ちゃんのスケートに命を燃やされた。
今、舞台を降りようとしている娘に、会見場はとても温かい。
涙は見せないと心に誓ったのか、会場に背を向けて涙を拭った。笑顔で終わろうと最後まで自分に厳しい人だった。
きちんと結わえた黒髪を深々と下げ、しっかりとした口調で『ありがとうございました』と締めくくって笑顔で去っていった姿に、お母様も、記者たちと一緒に娘に拍手を送っているのではないかと思った。

工藤牧子

2017年3月30日

お休みしちゃいました

先々週から『ゴゴマヤ』お聴きいただいてます(^-^;
お休みをしなければいけなくなって、急遽酒井茉耶アナに代役をお願いして『ゴゴマヤ』をやっていただきました。

一週間で戻るつもりだったので、最初は特に理由も言わないでいたのですが、自分が思っていたようには復活できず(年のせい?)先週も休む羽目になり、体調が悪くてお休みしていることを、茉耶アナに伝えてもらいました。
すると、『ゴゴマヤ』を聴いているリスナーの皆さんから私への温かいメッセージをたくさん頂戴したようで、茉耶ちゃんが『牧子さん、聴いてる?』って呼び掛けがありました。
私は静養しながら一リスナーになっていたわけで、本当に申し訳ないやらありがたいやらで、胸がいっぱいになりました。
皆様本当にありがとうございます。

数年前からいくつか持病を抱えているのですが、うまくコントロールしながら暮らしているつもりが、今回はちょっとうまくいかず、入院してしまいました。
でも大丈夫。
もう退院して、徐々に回復しているところです。
丈夫だけが取り柄だったのに、いつからかそれすら不安になってきて、困ったもんですね(((^_^;)

でも私、病気がある、ということはそんなにマイナスばかりではないと思っているのです。
自分の体に興味を持ち、健康に気を配るようになったし、他の人の痛みにも少なからず思いをいたす自分になれたかな、とちょっとだけね(^-^)

入院中、たくさんの女性に会いました。
私よりも難しい治療を余儀なくされている人、私よりもずっと若く、子育て中でありながら入院している人、そういった患者さんを支えるナースの皆さん。みんな、一生懸命でした。
患者さんだから、痛いときも、辛いときもあるんです。でも、明日少しでも良くなるように、今の自分にできることを頑張ってます。
食欲がなくても、食べられるものは食べられるだけチャレンジしてみたり、お互いの持っている情報を交換してQOL(生活の質)が落ちないように工夫したり。前向きです。

看護師さんだって、とても忙しく、疲れてもいるでしょう。でも、笑顔を絶やさず、『今日この人のこの痛みに向き合う』という思いが伝わってきます。
人の痛みはわかりにくいものだけれど、寄り添って聞いてもらえるだけでも気が休まりますよね。
私がいた病棟がたまたまそうだったのかもしれませんが、患者さんも、看護師さんも、迷いなく今、自分がやるべきことに向かって進んでいる感じがして、前向きなその姿勢に励まされることが多かった一週間でした。

私は残念ながら今週もお休みをいただきます。
早く戻りたいのはやまやまですが、ここは焦らず、ゆっくりきちんと治したいと思います。

入院中のベッドの中で、民放101局特番、山下達郎と星野源の『ラジオ放談』を聴いていました。
お二人のラジオに対する思いを聴きながら、『そうそう。私もラジオが好き』と相槌を打っていました。

元気になってまた、あなたのラジオにお邪魔します。
お茶の間で、車の中で、待っててね。

工藤牧子でした。

2017年1月10日

素敵な日傘

いつもお聴きいただきありがとうございます。
1/7から、2017年のゴゴマキがスタートしました。
今年も土曜の午後、皆さんのお茶の間や車の中で楽しいお喋りを展開していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

また、昨年からゴゴマキではいろんなお客様にもお越しいただいて様々な活躍をされている方をご紹介しています。
音楽のお客様が多いのですが、他にも、自転車で日本一周という冒険をしてきた方や、落語家さんなど、本当にいろんなお話を聞かせていただきました。
今年も折に触れ、いろんなアーティストの方や、テーマに因んだゲストの方など紹介していけたらいいなと思っています(^-^)v

そんなわけで2017年最初の放送も、お客様と楽しくお喋りさせていただきました。

てるマキ

2時台は、今年も第1.3土曜日に基本的においで頂く榮太楼の小國輝也さんと、お菓子談義や相撲談義。
この初場所は戦国時代の様相とのことで、優勝は混戦模様、場合によっては平幕優勝もあるかも?と、ワクワクするようなお話でしたねえ♪

そして、3時台は、着物をリメイクしていろいろなものを作っていらっしゃる佐々木文子さんと、そのお母さんを支えている娘の三浦真由美さんでした。

着物のリメイク日傘を制作する佐々木文子さんと娘の三浦真由美さん

着物のリメイクって、ブームにもなっていて、ワンピースやコートにしておしゃれに着こなしている方を時々見かけますが、佐々木文子さんは、着物から素敵な日傘をたくさん作っていらっしゃるんです♪
すごいですよ(^^)黒い絞りの入ったものは、もともとお父さんのへこ帯だったもの。透けているのは夏の絽の着物から。

佐々木文子さんの作品より1

一枚の着物から二本の傘になるということで、表と裏と使い方を変えてみると、同じ着物からできた傘でも雰囲気ガラリと変わります。
無地のものには刺繍をしたり、佐々木さんならではの工夫もあります。
小紋や、粋な柄の着物も、たとえば着物としてはもう着られないと思ったものでも、傘の柄としてみれば、また雰囲気があって、生まれ変わった使い方ができそうですね(^-^)v

佐々木文子さんの作品より2

真っ赤な傘。お知り合いが持ってきた、昔の打ち掛け
孔雀の柄を二つ活かして豪華な傘になりました。お祝い事などに飾ったら素敵ですね~♪

佐々木さんは、どんな風に柄を活かしていくか、考えるのがとても楽しいとおっしゃってました。
ニコニコ明るく語っている佐々木さんですが、数年前ご主人を亡くされてから元気がなくなって、生来明るい性格の方なのに、その顔からすっかり笑顔がなくなったんだそうです。
それを見て、娘の三浦真由美さんが、何かお母さんの楽しめそうなものはないかと探して、たまたま見つけたのが着物で作る日傘!
教えている人がいるなどの情報や、習うための手続きを、娘の真由美さんが、お母さんのために準備してあげたんですね。とてもいいことだなあと思いました。

大事な人を亡くされたあとは、誰しも心が沈み孤独になりがちなものだと思います。そこから気持ちを建て直すには、ある程度の時間が必要とは思います。
それと、手助けしてくれる誰かの力。一人ではなかなか、一歩を踏み出すきっかけをつかめないときも、誰かのサポートがあれば動き出せるものですよね♪

ゲストと三人で

お母さんの好きなことを知っていて、日傘作りのきっかけを作ってあげた、娘の真由美さんの優しさ。
お母さんも感じていらっしゃる様子でした(^^)とても仲良し親子でした(^^)
佐々木さんの手からはこれからもたくさんの素敵な日傘が生まれることでしょう。

あ!そうそう。雨コートの生地で作れば、雨傘にもなるって言ってました(^^)
私も好きな柄の紬が、タンスの肥やしになっている(^-^;
日傘にしてもらおうかなあ~お願いしちゃおうかなあ~♪と、放送が終わる頃には真剣に思ってました(^-^)
これからもこんな風に、ゲストをお招きしてラジオのリスナーの皆さんも元気になれるようなお話聞けたらいいなと思ってます。お楽しみにね(^-^)

工藤牧子でした

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