ABS秋田放送

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2019年12月26日

今年を振り返って

今年も押しつまってきましたね。
2019年を振り返って、私が感じたことを漢字一文字で表すとすれば、『住』でしょうか。
人が『住む』『暮らす』ということについて、考えることが多かった一年でした。

作家 森絵都の直木賞受賞作『風に舞い上がるビニールシート』は、私の大好きな小説で、読後涙が止まらなかった作品です。

主人公の里佳とエドの愛の物語ですが、舞台は国連のUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)。
世界に溢れる難民を救うためにフィールド(現地)で一年のほとんどを汗まみれになって働くエドと、その東京事務所で働く里佳。一度は夫婦になるものの、超えられない距離と時間の中で二人の夫婦生活は破綻を迎えます。それはなぜか。
物語の中で、エドが口癖のように言うのは『風に舞い上がるビニールシートがあとを絶たない』ということです。
いろんな国の難民キャンプで、人の命も尊厳もささやかな幸福もビニールシートみたいに簡単に舞い上がり、暴力的な風にもみくしゃになって飛ばされていく。誰かが手を差し伸べて助けなければならない…いつも真っ先に飛ばされていくのは弱い立場の人たちだと。そしてエドは、安住の地であるはずの東京の自宅で里佳と眠るわずかな時間も、心は難民キャンプで助けを求めている人々を忘れることができないのです。そしてその先にはとても悲しい結末が待っています。

何度も読み返すほど好きなこの小説を、今年思い出したのは、世界で多くの人々に尊敬された二人の日本人の死があったからです。
一人は、ぺシャワール会を率いる医師 中村哲さん
彼は、医師としてアフガンに入ったのですが、人々の命を救うためには、まずここでの生活の基盤を作らなくてはいけないと、農業を復活させるための農業用水をひくことに尽力しました。ここで農業を行うことで、戦地に、生きる糧を求めるために兵士になる子供たちを救うことができると考えたのです。なぜ、アフガンの人々のために尽くしてきた中村さんが殺されなければならなかったのかわかりませんが、世界中の人々が、その死を悼みました。

そしてもう一人は、日本人として初の国連高等弁務官を10年に渡って務め、常に難民のために尽くしてこられた緒方貞子さんです。
クルド難民のために、またバルカン紛争の地で、アフリカルワンダやザイールで、現場で強いリーダーシップを発揮してこられました。
『あいまいで不透明な問題点などというものはない』
『忍耐と哲学をかければ物事は動いていく』
経験に裏打ちされた彼女の言葉は、世界のフィールドで彼女に続こうとする若い人々の背中を押してくれるものだと思います。

私の中で二人の姿は小説のエドと重なるものでした。
中村さんも、緒方さんも、長年にわたって、風にあおられるビニールシートを必死でつかまえてきたのでしょう。
いつになっても終わらない、ビニールシートのような難民生活を。

小説の中の、強風にあおられ続けるビニールシートは、難民そのものを表しているのでしょうが、私には、彼らの『住まい』とも思えます。
雨つゆをようやく凌げるような、風が吹けば飛んでいくような日々の暮らし。安心できる、一日もないのです。明日も、あさっても目覚めた場所が小さなビニールシートの上。そんな暮らしなのです。

緒方さんや中村さんのなさってきた活動を、今年あらためて認識すると同時に、明日の命が保証されない難民の人々の暮らしを、もっと私は知らなければいけないと、今年つくづく思いました。

日本でも、今年多くの災害があり、被災され、住む場所をなくした方たちがたくさんおいでです。
あの震災以来、仮住まいを余儀なくされている人たちも合わせれば、この日本に、安住の地で暮らすことのできない人はいったいどれくらいいるのでしょう。
たとえ雨つゆは凌げたとしても、まるでビニールシートの上で暮らすような落ち着かない生活は、心を疲弊させるものだと思います。

小説の中でエドは言います。
「仮に飛ばされたって日本にいる限り、君は必ず安全などこかに着地できるよ。家を焼かれて帰る場所を失うことも、目の前で家族を殺されることもない。好きなものを腹一杯食べて、温かいベッドで眠ることができる。それを、フィールドでは幸せと呼ぶんだ」と。しかし、今の日本に、それは確約されていないとも感じます。

『住』。『住む』とは、どういうことでしょうか。

秋田に、移住してこられる方も増えてきています。
秋田を『安住の地』と思って、心地よく暮らしてもらうために、私たちができることは何なのか。
たとえ家があったとしても、その暮らしが、風にあおられもみくしゃにされるビニールシートにならないために、私たちが差しのべられる手はきっとあると思います。

亡くなられたお二人の方の、崇高なお仕事を思い、非力な私でもできることを来年も探し続けたいと思います。

皆様にとって、来る年が暖かなものでありますようにと願う、年の暮れです。

工藤牧子でした。

2019年6月6日

気持ちがいい

いつもゴゴマキお聴きいただきありがとうございます。

いい季節ですね。
日照時間が多く、それでいて風は涼風で、洗車したての車の窓には青い空を流れてゆく白い雲がくっきり。
庭のバラが毎日いくつも開いて、葉っぱの上を虫が歩いています。あ、でもこの虫はとったほうがいいかな。

私は、ふきんの消毒が大好きです。
台所では、食器を拭くドビー織りの長いのと、台を拭く厚手のボアふきんと、料理中手を拭く萱ぶきんと、三種類を使うのですが、このセットを、使い終わりに洗うのとは別に、三日に一回熱湯消毒しています。
ふきん洗いの石鹸をつけて洗い、そのまま洗い桶を火にかけて、熱湯の中で5分くらいふきんを煮沸するのです。
そのあとすすぎ洗いをして干すのですが、この、ふきんの匂いが実に気持ちがいいのです。シンプルな石鹸の匂いなのか、おひさまの匂いなのか、なんともいえずスッキリとした匂いが好きで深呼吸したくなります。
時と場合によっては、湿りがちなものからいやな匂いが漂うこともあるこの季節(^^;これからは食材の管理も気をつけなくてはなりませんが、煮沸消毒されたふきんの気持ちがいい匂いは、安心の匂いかもしれませんね。

「気持ちがいい」と言えば、5/25の放送でスタジオにいらしてくださった、襤褸布(ぼろぬの)作家の天野洋子さんの作る洋服も、実に気持ちがいい手触りでした。

少し前の時代の野良着や半纏などの古着古布を組み合わせてデザインし、素敵な洋服に仕立て直しをしている天野さん。
古布作家の方は多数いらっしゃると思いますが、天野さんの場合は敢えて『襤褸』と呼んでいます。
それは、『襤褸』と言ったほうが、その布のことが伝わりやすいのだそうです。

実家の台所や、或いはおばあちゃんちのタンスの中にあるような、藍染の木綿や絣が、とても素敵なパンツや男性用のシャツに、天野さんの手によって生まれ変わるのです。
ゴゴマキのディレクターは20代の若者ですが、天野さんの作ったシャツを試しに着てみたら、とてもかっこよかった!

なにしろ、さらっとした木綿の感触は実に気持ちがいい。袖口や裾から初夏の風が通って行きます。それでいて丈夫で、布としての第二の人生を元気に生き抜いてくれそうです。「工夫次第でまだまだ活かせる」そんなメッセージを送ってくれる、天野洋子さんの襤褸布の世界です。
5/30~6/2まで展示会も行われていましたが、普段は男鹿の「のぞみ工房」で制作をされているそうです。

気持ちがいい、音楽のお客様もありました。
6月最初のお客様は、シンガーソングライターの門松良祐さんと、バンド『二人目のジャイアン』のボーカル Masaさんのお二人でした。手前が門松さんで、奥で帽子をかぶっているのがMasaさんです。

二人ともほんとに気さくなお人柄で、私の突拍子もない質問にも楽しく応じてくださって、なんていい人たちなんだろうと思いました(^-^)
二人は当日のライブのお知らせに来てくださったんですが、生歌も聴かせてくださいました。Masaさんは『メクルメク』、門松さんは『会いにいかなくちゃ』。
全然タイプは違いました。『メクルメク』は、午後のひととき美味しいコーヒー飲みながら聴いたら気持ち良さそうで、『会いにいかなくちゃ』は、スカッとした青空の下、走りながら聴きたいような弾む感じが気持ちいい一曲。
そうだ、そういえば門松さんは「マラソンも走れるシンガーソングライター」、『シンガーソングランナー』なんです\(^_^)/

タイプは違うけど、二人は仲良しで、だからこそ一緒にライブもやって、お互いの曲に参加したりもするという、今はそんな楽しいツアーの真っ最中なんですね。
ぜひまた、ゴゴマキで気持ちのいい歌声を聞かせていただきたいと思いました(^-^)

工藤牧子でした。

2019年4月4日

春ですね♪

いつも午後マキお聴きいただきありがとうございます。

新年度始まりましたね!
でもさむーい!!風邪ひいてませんか??
私は風邪気味でしたが、ようやく回復しつつあります。
最近長引くなあと感じています(´~`;)
気疲れが体に影響を及ぼして、体調を崩すこともあると思います。
もうちょっと頑張れそう、と、思ったところで立ち止まって全身を休めることが必要かな、と自分でも思うことがあります。
皆さんも、無理せずゆっくりいきましょうね!

新元号『令和』

皆さんはどんな風に感じましたか?
私は、最初から素敵な音の響きだなあと感じたのですが、その意味を聞いて、ますますいいなあと思いました。
今まで元号というと、自分の知る限りでは抽象的な、また道徳的な意味合いもあるようなものがほとんどだったと思うのですが、今回は情景が浮かぶようで、美しいなあと思いました。

「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす」

解説文は新聞やテレビラジオでたくさん目にしたと思うので、ここには載せませんが、花の薫りを含んで、心地よい春風が人々に良い時節の到来を告げてくれるような嬉しさがありますね(*´▽`*)
安倍首相は会見で、
「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい、との願いを込めた。」
と言っていました。

本当に、心からそう思います。

日本中に、未だ仮設住宅で暮らす人々がいます。
帰る故郷を奪われた人たちが福島にはたくさんいます。平成は本当に災害の多い時代でした。
美智子皇后の水仙の逸話を思い出します。
阪神淡路大震災の被災地で、皇居の水仙の花束を手向けられた美智子皇后。
東日本大震災の被災地では被災された方の、津波にさらわれた自宅跡に咲いていた水仙の花束を、被災者から受け取られました。
どちらの大震災も、冬から春まだ浅い時季に起きた悲しい惨事だっただけに、健気に強く生きる春の花が、どれだけ心に沁みたかと思いました。
そして、拉致被害者家族もまた、本当の春を待ちわびる人たちだと思います。海の向こうから連れ戻される日を祈り、齢を重ねざるを得なかったこの年月。
それぞれのかたたちが、春風を心から喜べる、馥郁たる花の薫りを満喫できる日は、いつやってくるのでしょうか。

本当に、それぞれの花を大きく咲かせる春が、一日でも早く訪れるようにと願います。

『令和』。
美しい時代の呼び名を繰り返しながら、新しくなるものの一方で、私たちが変わらず語り継がなければならないものもあるのだと、一人の伝え手としての思いを新たにしたところです。

新年度!
「ラジオ快晴GO!GO!のマキ」は、
4月13日の放送から21年目に入ります(@_@)
変わらず、自分の伸び代を信じ(^o^;)楽しく放送していきたいな♪と思っています。
新年度も、よろしければお聴きくださーい!!

工藤牧子でした。

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