ABS秋田放送

2020年1月11日

新春にぴったり!うぐいす餅

2020年1月11日放送のGO!GO!てるマキ

うぐいす餅

新年初のてるマキのコーナー!
今回は新春にぴったりなうぐいす餅を、おやつにいただきました。
うぐいす餡とも言われる、ずんだの餡がたっぷり入っていて、
全体ではなく、お餅の上にきな粉が振りかけられていて、食べやすくなっています。

また、プレゼントは『桜咲くさくらゼリー(3個)』を3名様に。
次回のメッセージテーマ「あえて意識してやっていること」についてのメッセージと、
プレゼント希望と書いてgogomaki@akita-abs.co.jp までお送りください。

2020/1/11てるマキ

2019年12月26日

今年を振り返って

今年も押しつまってきましたね。
2019年を振り返って、私が感じたことを漢字一文字で表すとすれば、『住』でしょうか。
人が『住む』『暮らす』ということについて、考えることが多かった一年でした。

作家 森絵都の直木賞受賞作『風に舞い上がるビニールシート』は、私の大好きな小説で、読後涙が止まらなかった作品です。

主人公の里佳とエドの愛の物語ですが、舞台は国連のUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)。
世界に溢れる難民を救うためにフィールド(現地)で一年のほとんどを汗まみれになって働くエドと、その東京事務所で働く里佳。一度は夫婦になるものの、超えられない距離と時間の中で二人の夫婦生活は破綻を迎えます。それはなぜか。
物語の中で、エドが口癖のように言うのは『風に舞い上がるビニールシートがあとを絶たない』ということです。
いろんな国の難民キャンプで、人の命も尊厳もささやかな幸福もビニールシートみたいに簡単に舞い上がり、暴力的な風にもみくしゃになって飛ばされていく。誰かが手を差し伸べて助けなければならない…いつも真っ先に飛ばされていくのは弱い立場の人たちだと。そしてエドは、安住の地であるはずの東京の自宅で里佳と眠るわずかな時間も、心は難民キャンプで助けを求めている人々を忘れることができないのです。そしてその先にはとても悲しい結末が待っています。

何度も読み返すほど好きなこの小説を、今年思い出したのは、世界で多くの人々に尊敬された二人の日本人の死があったからです。
一人は、ぺシャワール会を率いる医師 中村哲さん
彼は、医師としてアフガンに入ったのですが、人々の命を救うためには、まずここでの生活の基盤を作らなくてはいけないと、農業を復活させるための農業用水をひくことに尽力しました。ここで農業を行うことで、戦地に、生きる糧を求めるために兵士になる子供たちを救うことができると考えたのです。なぜ、アフガンの人々のために尽くしてきた中村さんが殺されなければならなかったのかわかりませんが、世界中の人々が、その死を悼みました。

そしてもう一人は、日本人として初の国連高等弁務官を10年に渡って務め、常に難民のために尽くしてこられた緒方貞子さんです。
クルド難民のために、またバルカン紛争の地で、アフリカルワンダやザイールで、現場で強いリーダーシップを発揮してこられました。
『あいまいで不透明な問題点などというものはない』
『忍耐と哲学をかければ物事は動いていく』
経験に裏打ちされた彼女の言葉は、世界のフィールドで彼女に続こうとする若い人々の背中を押してくれるものだと思います。

私の中で二人の姿は小説のエドと重なるものでした。
中村さんも、緒方さんも、長年にわたって、風にあおられるビニールシートを必死でつかまえてきたのでしょう。
いつになっても終わらない、ビニールシートのような難民生活を。

小説の中の、強風にあおられ続けるビニールシートは、難民そのものを表しているのでしょうが、私には、彼らの『住まい』とも思えます。
雨つゆをようやく凌げるような、風が吹けば飛んでいくような日々の暮らし。安心できる、一日もないのです。明日も、あさっても目覚めた場所が小さなビニールシートの上。そんな暮らしなのです。

緒方さんや中村さんのなさってきた活動を、今年あらためて認識すると同時に、明日の命が保証されない難民の人々の暮らしを、もっと私は知らなければいけないと、今年つくづく思いました。

日本でも、今年多くの災害があり、被災され、住む場所をなくした方たちがたくさんおいでです。
あの震災以来、仮住まいを余儀なくされている人たちも合わせれば、この日本に、安住の地で暮らすことのできない人はいったいどれくらいいるのでしょう。
たとえ雨つゆは凌げたとしても、まるでビニールシートの上で暮らすような落ち着かない生活は、心を疲弊させるものだと思います。

小説の中でエドは言います。
「仮に飛ばされたって日本にいる限り、君は必ず安全などこかに着地できるよ。家を焼かれて帰る場所を失うことも、目の前で家族を殺されることもない。好きなものを腹一杯食べて、温かいベッドで眠ることができる。それを、フィールドでは幸せと呼ぶんだ」と。しかし、今の日本に、それは確約されていないとも感じます。

『住』。『住む』とは、どういうことでしょうか。

秋田に、移住してこられる方も増えてきています。
秋田を『安住の地』と思って、心地よく暮らしてもらうために、私たちができることは何なのか。
たとえ家があったとしても、その暮らしが、風にあおられもみくしゃにされるビニールシートにならないために、私たちが差しのべられる手はきっとあると思います。

亡くなられたお二人の方の、崇高なお仕事を思い、非力な私でもできることを来年も探し続けたいと思います。

皆様にとって、来る年が暖かなものでありますようにと願う、年の暮れです。

工藤牧子でした。

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