田村修アナウンサー「NNSアナウンス大賞」受賞についてのコメント

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■受賞の「大」喜び

今回、ラジオ部門でNNSアナウンス大賞を受賞することができました。

身に余る光栄であります。出来杉太郎 いや出来過ぎです。
20年間の全てが報われた気がしました。

気持ちはいつでもB'zの「BOYS IN THE TOWN」なのですが
飛行機に向かうバスの中からずっと TMNの1991年のシングル
「WILD HEAVEN」を1曲リピートで聞き続けていました。
気分を高揚させてから受賞したせいか、今もエンドルフィンが出続けています。
確変が止まりません。

秋田放送のラジオ部門として 今回はラジオスポーツ実況3種目と
DJの音楽番組1つを 8分間にまとめて出品したものです。

・北都銀行バドミントン部のS/Jリーグ横手大会のダブルス
  北都銀行 vs. ACT SAIKYO(山口県)
・高校駅伝県予選の3区の電話リポート 秋田工業独走
・全県高校総体のラグビー決勝 秋田工業 vs. 金足農業
・音楽とらのアナ

1月に行なわれた東北・北海道ブロックのいわゆる「予選」で
ABSとして23年ぶりに1位を獲得。
全国審査に進み、3月16日大賞受賞の運びとなりました。

プロ野球日本シリーズでも 五輪でもW杯でもない
「バドミントン」で しかも優勝が決まるような試合ではなく
横手で行なわれたリーグ戦の実況で評価を得たことは
本当に嬉しく思いました。そして自信にもつながりました。

  • 思った以上にすごいセレモニーなんです
    思った以上にすごいセレモニーなんです
  • NTV杉上アナからマイクをむけられる
    NTV杉上アナからマイクをむけられる
■バドミントンのラジオ実況

「なんてったって日曜はスポーツ!」というラジオの
スポーツ番組の取材を2年目から担当しています。
スポーツアナウンサーが責任を持って制作・放送している番組です。
試合会場で 恥ずかしながらも大きな声を出して実況して、
収録したものを会社に戻って編集する。
そして原稿を書いて、スタジオのMCに話してもらう というようなスタイルで
続けている長寿番組です。兎にも角にも私を鍛えてくれたのは、この長寿番組です。

主に、評価を受けたのはバドミントンダブルスのラジオ実況でした。
今年は、横手市での開催となった バドミントンの国内トップリーグ
S/Jリーグ 北都銀行 vs. ACT SAIKYO。
バドミントンは2つのダブルスとシングルスの3試合を実施して
2試合勝ったほうが 勝ちという団体戦です。
第2ダブルス 北都銀行のツインタワー永原・松本ペアの試合を実況しました。

バドミントンの実況をし始めたのは2007年12月。
県立体育館での北都銀行と三菱電機の試合が最初です。
年に1回程度は、ラジオでもバドミントンのスピード感や
シャトルの音を楽しんでもらおうと、秋田大会がある年は
実況を続けています。いつもは「日スポ」で放送しているものの
今回だけ、年末特別番組の編成で放送する時間がなく、
次の日の「あさ採りワイド秋田便」内で放送させてもらいました。

とはいえ、バドミントンはスピードが速すぎて実況が追いつけません。
しかも登場人物は4人。無茶です(笑) ただし大事な点を逃さないよう気をつけるとともに、
これまでのラジオ実況の経験をふんだんに盛り込んで
聞きなれないスポーツ実況を敢行してきました。
バドミントンだけで言えば、初実況から10年がたちます。

一般的にラジオで放送されるのは プロ野球や高校野球がメインです。
Wカップのときにはサッカー 4年に一度の五輪ではある程度の競技が実況されます。
バドミントンは五輪以外では皆無です。

ラジオでバドミントンが放送されると 関係者からは喜ぶ声が聞こえてきます。
野球やサッカーほどメジャーではないものの、
やはり自分たちの種目が取り上げられるのは嬉しいことなんです。

  • 喜びの賀内部長とともに
    喜びの賀内部長とともに
     
  • テレビ岩手 藤村惠一部長と ズームイン!!SUPER時代からお世話になってます
    テレビ岩手 藤村惠一部長と
    ズームイン!!SUPER時代からお世話になってます
■マイナー競技も、普通の試合も

私も中学や大学で運動部員ではありましたが、一流アスリートではありません。
またマイナー競技に携わっていたので、種目にしても成績にしても
スポットライトからは遠い存在でした。

しかし、どんな種目でもどんな選手でも 「努力」と「苦労」が存在します。
どんな大会でも どんな試合でも 競技に因らず「勝利の思い出」は
その人の宝物だと思っています。自分がそうだったように。

「10年ぶりの全国制覇!」とか「世界の頂点に立ちましたー」とか
ドラマティックすぎる試合ではありませんでした。
7試合行なうリーグ戦の1試合であり横手大会で優勝が決まるわけでもありません。
でも、北都銀行バドミントン部にとっては大事な大事な1戦です。
斉藤頭取も、銀行の同僚も観戦するホームゲームは強烈なプレッシャーに襲われると、
三好さん小森さん金上さんから聞きました(笑)

「せっかくの秋田での試合なら大々的に放送しよう」
「しかも勝ったなら、より拍手を贈ってあげようよ」

深い意味もありません。「放送したい」と言う原動力は本当にこれだけです。

同じ銀行の同僚が出勤時に聞くかもしれませんし、窓口に来る人がたまたま聞くかもしれない。
頭取もラジオで聞くかもしれない。
聞いた人はきっと選手に声をかけてくれるかもしれない。
「なんてったって日曜はスポーツ!」の総合制作を3月まで担当していた廣田アナウンサーも
田村と同じ気持で制作や取材に臨んでいます。

最小公倍数的に聞いてもらおうとするならば野球・サッカー・ラグビー・バスケになるんだろうと思います。
しかしローカル局としては
さまざまな人の応援団になりたいという思いも持ち続けています。
地方局のアナウンサーの自分なりの矜持です。

■ラジオの仕事も積極的に続ける理由

現在は報道関連の仕事が多いのですが、ラジオでの挑戦を続ける理由に
2004年アテネパラリンピックのマラソンで金メダルを獲得した 横手市出身の
高橋勇市さんを取材したことが挙げられます。
高橋さんは病気により高校時代から極端に視力が低下、34歳で視力を失いました。

ラジオは想像の世界です。特に高橋勇市さんを取材して
「見えていた人が見えなくなる」気持ちや怖さを知りました。

ではアナウンサーの自分に何が出来るのか?

ラジオに不慣れな人はスタジオで向かい合う相手の「名前」や
物の「色」と「大きさ」を喋りません。

「桜がありまーす きれいでーす」ではダメ。
「私の背丈よりずっと大きい 高さ5mの桜があります。
 淡いピンク色の大きな傘を広げたようです。
 そしてひらひらと 小指の爪ほどのさくらの花びらが舞ってきました」

これだけで情景が想像できます。ましてや以前視力があった人は
見えていた頃の記憶を辿り、頭の中で白いスケッチブックに
想像を描いているに違いありません。

これはラジオのリポートの基本であり、実況でも使わなければならない
テクニックです。こうした知識を駆使することで 少人数であっても
田村のラジオ放送に耳を傾けてくれる人が増えるのではないかと考えました。

これらがラジオ実況であまり聞かない競技であっても定期的に取り上げようと
挑戦している理由です。

  • ABS立田社長から楯をもらう
    ABS立田社長から楯をもらう
     
  • 司会は 同期の蛯原アナと、杉上アナ 蛯ちゃんよく昔のこと覚えてたねえ(笑)
    司会は 同期の蛯原アナと、杉上アナ
    蛯ちゃんよく昔のこと覚えてたねえ(笑)
■皆さんへの御礼

大学で5年かかっても身につけられなかった「電気」の道を諦め
退路を絶って就職を決めた秋田でのアナウンサーという職業。

「石の上にも3年」「柿8年」「柚子の大馬鹿18年」をも超え
秋田に住んで21年目に入っています。

アナウンサーは取材を受けて下さる皆さんによって鍛えられます。
質問項目を並べて上から順に聞いていくのではなく
勝者や敗者の機微を感じ取り、マイクを向けること、言葉を選ぶこと。
「こんな言葉を発したら不快に思う人もいるだろう」
「こんな表現だと 傷つく人もいるに違いない」と
聴取者・視聴者がどう思うかを常に悩み考える放送。
好プレーがあったら 言葉で凄さを表現して褒め称える実況。
当然テレビでの取材・編集・原稿書きも含めて、
この積み重ねがアナウンスメントを作ってくれました。

原稿を美しく読んでいるだけでは、絶対に賞は獲れませんでした。

また若き日の田村に教えてくれた諸先輩、今も一緒に仕事をする社員の皆さん、
カメラマンなどの会社関係者の皆さん
取材を受けてくれる選手・監督・保護者の皆さん
秋田県民の力が肥やしとなっていることは言うまでもありません。
様々な人たちの支えがあって今の自分が形成されています。

テレビや秋田魁新報で知ってお祝いの言葉をかけてくださった多くの方がいます。
監督、部長、コーチ 会長 近所の皆さん 元ガードマン
本当に有り難うございます。さまざまな方面の皆さんが
一兵卒の田村にお祝いの言葉をかけてくださいました。
なかには全国のトップに立った方も多数いらっしゃいます。
そんな皆さんからお祝いの言葉を頂戴するなんて
梨本さん以上に恐縮しっぱなしです。この場を借りて御礼申し上げます。

また、千葉の実家にいる両親に対しても感謝を伝えました。
相談もなく電気の道を断ち、アナウンサーの道を目指した。
ましてや就職先が秋田?! 晴天の霹靂過ぎた1996年の夏の告白から21年。
授賞式のネクタイは 大学入学時に買って貰ったネクタイです。
親に対しても少しはきちんとした報告が出来たと思います。
そして P社の誠 S社の田平「前日横浜に集まってくれて感謝!
オシロも使えなかった留年生はやっと電気以外で認められました」

  • 各局のすごいアナウンサーと経営者のみなさん
    各局のすごいアナウンサーと経営者のみなさん
■次のステップへ

時の運も、タイミングも後押ししてくれたこともあり
今回、ABS秋田放送のアナウンサーとして初めての大賞受賞となりました。

ただ、もっと上手いアナウンサーは星の数ほどいます。
○○放送のあんな先輩や ○○放送のあんな後輩が出品していたらブロック審査でこけてたかもしれません。

優等生的なコメントですが、これからも聴取者・視聴者を第一に考え
もっと伝わる、そして熱くて楽しい放送を心がけていく所存…

おっと、担当は夕方の報道番組でした。
もっと伝わる そして正確で迅速で独自性をもって
重箱の隅をつつくのではない健全な批判精神も持つ放送を心がけていく所存です。

「ABS news every.」はセットも変わり、よりアーバン(笑)になりました。
出演者はそのままです。田村・幸坂・鴨下・廣田 各アナは現場で走ります。
夕方6時15分からの放送ご覧下さい。

2017年4月20日
秋田放送 アナウンス部 田村修

■NNSアナウンス賞

1981年に第1回が開催。アナウンサーの質の向上を目的に始まる。
その年(1/1~12/31)の中で、各局のアナウンサーが出演した自信作を編集して まとめたものを出品する。
テレビ部門に出品するなら12分 ラジオ部門なら8分以内のパッケージにして出品し審査。
現在はアナ歴3年以下の新人賞部門もある。

秋田放送の場合、「東北・北海道地区」としてブロック審査を1月に実施。
テレビ部門とラジオ部門でブロック代表を選出。
アナウンス部長などの各社の代表の投票によりブロック代表=1位を選ぶ。

ブロック審査で1位になったら いわゆる中央審査に進む。
ブロックは『北海道・東北』『関東・中部』『西日本』『九州』という括り。
その中でテレビ部門もラジオ部門もアナウンス大賞を1人だけ選考する。

過去ブロック審査を通過できたのは秋田放送では2人だけ。

■秋田放送 過去のNNSアナウンス賞 ブロック審査結果
  • 1992年1月 北海道・東北【ラジオ部門】2位 依本悟
  • 1994年1月 北海道・東北【ラジオ部門】1位 菅原真寿美
    【テレビ部門】1位 依本悟
  • 2004年1月 北海道・東北【テレビ部門】2位 鍋倉美保
  • 2014年1月 北海道・東北【ラジオ部門】2位 田村修
  • 2016年1月 北海道・東北【テレビ部門】2位 田村修
  • 2017年1月 北海道・東北【ラジオ部門】1位 田村修

(ブロック2位のアナウンサーは ブロック優秀賞)
(ブロック1位のアナウンサーは 中央審査で優秀賞になる)