今日ならお話を伺うことが出来る!!という男性に お会いしよう!と
大仙市大曲におじゃましました。
その方は 大曲出身の 田口 勇新さん(68歳)
田口さんは、その人生のおよそ半分を インドネシア東部の
マルク州アルネ族の暮らすセラム島で 過ごされています。
現地で取り組んできたのは、「文字」を持たず
口伝えで受け継がれてきた「アルネ族の部族語」を「文字」にし、
アルネの部族が読み書きができるようにする「識字教育」です。
田口さんは、大曲生まれ。秋田大学鉱山学部を卒業後、同大学院を修了。
秋田市内のキリスト教会牧師を努め、1981年に
妻 孝子さんと2年間 テキサス大学大学院で言語学を専攻されました。
インドネシアに渡ったのは1984年。
国語のインドネシア語の研修が終わり、インドネシアの東の島
パプアニューギニアに近いところに位置するセラム島へ渡りました。
インドネシアには700もの部族がいると言われています。
田口さんは、そのひとつ
セラム島の奥地に住むアルネ語部族の人々のところへ入りました。
アルネ語部族は大人と子供を併せて、2万人の少数部族だそう。
話し言葉だけが存在し、文字を持たなかった アルネ部族の言葉を
もとからおこして「文字」にし!
アルネ語の辞書やアルファベットを作り!!
文法書を書き!!!
部族の人々に「文字」「読み書き」を教えていったのです。
その取り組みは30年に渡りました。
田口さんが「識字教育」について考えたのは、東京で学んでいた
学生の頃だったそう。
当時ネパールで識字教育に取り組んだ方と出会い「自分も」と
志したのだとか。
「識字教育」は
日常生活で用いられる簡単で短い文章を理解して読み書きできること。
田口さんは、インドネシア政府に迎えられ
アルネ部族の「音」の文法からアルファベットに当てて
文字を作っていったそう。
乾いたジャングルのセラム島。イモ類を主食とし、ヤシ葺(ふ)きの家で
一緒に暮らしながら、田口さんは「アルネ部族」の「言葉」を「会話」を
耳で聞き、体当たりで研究、アルファベットに当てて文字を作り
上げました。
↓↓こちらが、田口さんが文字を作り上げていった「アルネ語」
耳で聞いた発音も、インドネシア語とはまったく違います。
田口さんは、教育者に「文字」を研修し、人々に指導していきました。
こうして アルネ部族は
農業指導書、保健衛生に関するものごとを「読んで」
理解できるようになっていったそう。
また、「文字を作り上げる」のはもちろん、
アルネ部族の持つ文化風習を守りながらも
人々の暮らしがよくなるよう、農業指導や、教育にも力を
注いできました。
「協力をしていくようで、こちらが、助けられたこともたくさんあった」と
振り返っていらっしゃいました。
田口さんは 65歳で日本に帰国し、今は、盛岡市で
「盛岡月が丘キリスト教会」の牧師さんを務めていらっしゃいます。
私が、想像すら出来ないような現地での暮らし、体当たりの時間、
そして、現地で作り上げた「歴史的」な「国際協力」のお話は
本当に心が震えました!
過ごしてこられた30年を、おだやかで あたたかい表情で
お話される田口さんをお迎えし
時間を忘れて聞き入ってしまいました。
田口さんは、4月に また、インドネシア マルク島 リリン村へ
行くということです!!
(取材 ラジパルスかおり)