ABS秋田放送

2017年4月15日

大仙花火カメラ

2017年4月15日の放送では、大仙市観光交流課の中川智晴さんにスタジオで「大仙花火カメラ」というスマートフォンアプリについてお話を伺いました。
このアプリは「花火をより楽しむ」ために作られたもので、様々な機能がついています!
たとえば、「せっかく花火の写真を撮ろうと思ったのに手ブレがひどい・・・」「シャッターのタイミングが合わない!」という悩みを解決するために、撮影ボタンを押すと、その後最適なタイミングで自動撮影してくれます!
また、花火大会がない日でも花火の写真を撮ることができる(!?)んです!
どういうことかというと、AR(Augmented Reality=拡張現実)の機能を使って、現実の風景に花火の映像を重ねて撮影することが出来るんです。
その機能を使って、パーソナリティの工藤牧子さんと中川さんとで花火の写真を撮ってみました!

花火(1)

花火(2)

生放送の間にばたばたと撮ったので、少し顔に被ったりしてますが・・・笑
「大仙花火カメラ」という名前ですが、もちろんどんな花火大会でも使えますので、今年の夏は、このアプリをダウンロードして花火の写真を撮ってみてくださいね!

2017年4月13日

真央ちゃん、ありがとう

フィギュアスケートの浅田真央選手が引退した。
昨日の引退会見は、心に残るものだった。
会見場は、なにか最初から温かい空気に包まれているのが伝わってくるようで、この選手がいかに愛されていたのかがそれだけでもわかるようだった。

ほんとに、トリプルアクセルと巡り会ってしまったがために、毎回リスキーな試合を迫られることになった真央ちゃん。
見る方も、今度はうまくいくのか、ダメなのか、と、ハラハラドキドキが止まらない。
私は、実況のアナウンサーが、『トリプルアクセル…』と声をひそめるように告げると、テレビの前で神に祈りを捧げるポーズで固唾を飲んだ。

跳べたときは『やったー!』と歓喜。そして、このトリプルアクセルを守るためにも、このあと取りこぼしがないようにと、さらに祈った。
そして、失敗したときには『あー!』と頭をかきむしり絶望のポーズ。
そのあとは、真央ちゃんがこれ以上ガッカリしないように、最後までしっかり…!と再度祈った。

そう、いつも祈りのポーズである。
それまで、フィギュアにさほど興味のなかった私なのに、真央ちゃんが試合に出るようになってからは毎回祈りのポーズで見守ってきた。
おそらくそういう姿は全国で見られたのではないか。
真央ちゃんは、フィギュア人気を一気に押し上げた立役者だ。

私たちは、彼女のスケートの中に、一人の人間の成長を映していたのだろう。
幼い頃、なににもとらわれずにクルクルとトリプルアクセルを跳んでいた真央ちゃん。
あるときから背がすっと伸びて、アクセルが難しくなってきた。
一方心の成長とともに世間の期待がどれほどのものか、気づくようになり、インタビューにも気を遣った発言をするようになって。プレッシャーもどれほどのものであったか。
それでも彼女は、少女から大人の女性へと成長しながらまだ自分のものにならないトリプルアクセルに挑み続けた。諦めなかった。
彼女は、私たちが日常の中で感じるいくつかの失望や挫折の何倍もの辛さを感じながら、それでもトリプルアクセルから逃げなかったのだ。

私たちも自分の人生の中で困難に出会うことがある。
私などは、すぐ何か理由を見つけて、その困難から逃れようとする。何かぶつぶつ言いながら、困難に背を向ける。
それは誰に対してでもなく、自分への言い訳だ。その時点で自分を卑下しているのだ。

でも真央ちゃんは逃げなかった。何度失敗してもまた立ち向かっていったあの姿は、何からでもなく、自分から逃げなかった姿だった。
だからこそ、私たちは、成功したときのトリプルアクセルが、彼女にとってどんなに喜ばしいものか、それがどんなに大変なことだったかを想像して感動したのだと思う。
また彼女のスケートは大人になるにつれ、表現力に磨きがかかり、本当に、成功したときのプログラムは思わずため息が出るほどの美しさだったと思う。
蝶々夫人も、白鳥の湖も、真っ白な氷の上で強く、悲しかった。荘厳な鐘も、おちゃめなリズムも全て自分のものにし、あのラフマニノフのピアノコンツェルト、ソチのFPの氷上で魅せたスケーティングはまるで自分への怒りをぶつけるような、胸がかきむしられるような激しさで、高難度の技を次々と決め、天を向いて演技を終えたときの姿は、まるで自分自身に向かってどうだ、と言っているようで、同時にまだ幼さも残る泣き顔に思わずこちらも泣けた。
彼女はスケートで人生を語ってくれた。

彼女は記者会見で『いくつもの山があった』と自分のスケート人生を振り返った。
私は、『山』なのだ、と思った。
『壁』でも『谷底』でもなく、彼女はいくつもの山の頂を越えてきたということだ。
登山家を思った。
山頂を極めても、また次の山を求める。山の頂を極めた人にしか見えないその景色は辛くてもまた、求めたくなるものなのだろう。
心ゆくまでいくつもの山越えをして、今、『もういいんじゃないかな、』と思ったという彼女は、本当に素晴らしいアスリートだった。

2011年お母様を亡くされた。
母匡子さんは、真央ちゃんのスケートに命を燃やされた。
今、舞台を降りようとしている娘に、会見場はとても温かい。
涙は見せないと心に誓ったのか、会場に背を向けて涙を拭った。笑顔で終わろうと最後まで自分に厳しい人だった。
きちんと結わえた黒髪を深々と下げ、しっかりとした口調で『ありがとうございました』と締めくくって笑顔で去っていった姿に、お母様も、記者たちと一緒に娘に拍手を送っているのではないかと思った。

工藤牧子

掲載されている記事・写真等すべての無断転載を禁じます。Copyright © Akita Broadcasting System. All Rights Reserved